なんと言う事でしょう。 夫が分身してしまいました。 彼と見つける七つの伝えたいこと
<プロローグ> 「で、これはどういう事だべ」 眉間に皺を寄せてチチは声を絞り出す。しかし問いかけられた彼らは、なんかすげえ偉い神様が、そういうのが他の宇宙にあってさ、うっかりしちまって、ビルス様の所で、ジャコも言ってたけどよ、このままじゃ戻らねえとか、あれこれ口々に訴えるばかり。さっぱり要領を得ない。 昔から、まあ普通ではないとは感じていた。実は宇宙人でした、実は変身できました、実は二度死にました、実は二度生き返りました、実は神様と同等の気を纏うこともできました……そんな何かと規定外のこの男が、今更常識の枠に収まるとはとても思えない。 「結局今、悟空さは何人いるんだべか」 「オラ、おめえを一番よく知ってっぞ」 「オレだってそうだろ」 「オラ達全員がそうだろうが」 「オレを見たことあったっけかな」 「オレが一番カッコイイよな、チチは」 「オラにしとけよ、一番強えぞ」 「オラみてえにコントロールできてねえだろ」 賑やかに声を上げる彼らに、うーんとチチはこめかみに手を当てた。普段それほどよく喋る人ではないのだが、しかしこれだけの人数が集まると、それなりに賑やかになる。 なにせこの旦那様、魔法少女もびっくりな変身をしてしまう。確かに見覚えがある姿もあれど、なじみが薄い姿もあるので、チチにはどれがどれやら分からない。そういえば、子供の頃に読んだお伽噺で、こういうのあったような。あれだ。ハイホーハイホー。 指先点呼をしながら、とりあえず確認してみる。ああ、だからそこ、動くでねえ。ちょっとだけじっとしててけろ。 いつもの見慣れた黒髪姿が、まず一人目。 翡翠の瞳に金髪を逆立てた不良で、二人目。 金髪が腰まで伸びた眉無し超不良は、三人目。 長い黒髪に赤い体毛と尻尾付きの、四人目。 赤い髪に顔立ちがどこか幼なげな、五人目。 冴えるような青い髪色が判りやすい、六人目。 銀の髪と銀のオーラを纏う、七人目。 うん、よく分からねえだ。 最早、引き攣った笑顔しか出てこない。 「大丈夫だ、チチ」 金の髪を逆立てた一人が、きりりとした眼差しでこちらの手を取って。 「どんな姿になっても、オレはお前の旦那だからな」 「おら、不良は嫌いだべ」 金髪悟空さは、があんと判りやすいショックを受けた顔のまま固まってしまう。大体その台詞は、こちらが伝えるべきものじゃないのか? ときめくよりも、ツッコミが先んじてしまう。 はは、嫌われたな。おめえは引っ込んでろよ。オレに任せろって。ここはオラの出番だろ。今度は赤い髪の旦那が、きりりとした顔でチチの前に立つ。 「安心しろよ。オラなら一晩中満足させてやるぞ」 一番若い顔立ちで、爽やかに宣告する彼に。 「破廉恥厳禁っ」 すぱんと横殴りの裏拳パンチに、派手な音を立てて赤い髪の悟空が吹っ飛ぶ。加減? そんなもの、この男に必要ない。 それならオラも。オレだろ。オラだって。ダメージのままに倒れ込む何番目かの彼を押し退け、挙手をしながらわらわらと詰め寄る彼らに、チチはドン引きする。いやいやいや。止めてけろ。てか、おめえら、そんなキャラだったべか? おらの知らない悟空さの姿を垣間見た気分だべ。長年連れ添った夫婦でも、まだお互い知らないことは多いようである。 でも、悲しいかな。所詮は惚れた者の負け、ということか。どんな姿になろうとも、矢張り悟空は悟空。チチにとっては宇宙一の、愛しい愛しい旦那様に違いない。 彼が彼である限り、どこまでも一途に、ひたすら彼を愛し続ける。宇宙一の男に恋した往年の……もとい、今も現役なる乙女の決意が揺らぐことはなかった。 しかし、ここで重大且つ切実なる問題が発生した。 なあ、チチ。 七人が一斉にこちらを振り返る。そんな事よりさあ。向けられる笑顔は、実に無邪気。空恐ろしい程に。 「腹減っちまったぞーっ」 七人分のハモった大合唱に、チチは心の底から戦慄する。 これは、なんという悪夢。 なあなあ、今日の飯はなんだ? オラ、あれが食いてえぞ。すっげえぺこぺこだからな。やっぱチチの飯が一番うめえよな。おい、それはオレが食うんだぞ。あ、こらおめえ。オラの分を取んなよな。チチ、おかわりくれよ。オラも。オレも。オラだって。 ただでさえ人一倍……どころか四倍も五倍も、時には六倍も七倍も食べるような大食漢だ。それが更に七乗に膨れ上がるというのは、まさに由々しき事態である。界王拳どころではない。そんな切り札はいらない。 先ず、食費が足りない。圧倒的に。そして、果たしてそれだけの量を、たった一人で賄えるのだろうか。否、無理だ。どう考えても。 という事で。 困った時のなんとやら。まさか自分がこれを利用するとは思わなかったが、背に腹は代えられない。これは一刻を争う。主に、家計的に。 「悟空さっ、ドラゴンボール探しに行くだぞっ」 かくして、チチと悟空のドラゴンボール探しの旅が始まったのであった。 なんなんだ、これは 2020.04.25 |