上海ムーン
<4>





さて、と微笑むと、両肩に手を乗せて、一緒に鏡を覗き込んだ。
「どうかしら、これで」
あつらえたのは、シンプルなデザインのロングドレス。絶妙なラベンダーピンクカラーが、 彼女の白い肌にはとても良く映えて見える。
背中はやや広めに開いているが、 持前の清楚な雰囲気の所為か、過剰な色気を強調する事は無く、 むしろ可憐な印象を引き立てた。癖の無い髪は、軽く巻いて、 ふんわり上品にまとめ上げた。胸元に垂らしたのは、豪華な二連のパールネックレス。 ドレスの色と合わせて、ピンクベースの華やかなメイクも施している。
「お、おら。こっだら服、初めて着ただよ」
鏡に映るのは、 ドレスアップした自分の姿。大きな目を瞬きしながら、 気恥しげに頬を染めるチチの初々しさに、思わずブルマは笑み零れてしまう。
「素敵よ、チチさん」
良く似合っているわ。私の見立ても、なかなかのもんよね。 自分の作品に満足するように、うんうんと頷く。
そして、少し眉根を寄せて。
「ごめんね。お言葉に甘えて、早速こんな事頼んでしまって…」
慌ててチチは、 首を振った。
「そんな…おら、役に立ててすっごく嬉しいだよ」
何でもするから、手伝わせて欲しいと言ったのは自分だ。お礼を言いたいのは、 むしろこちらの方である。
ぎゅっと手を握り締めて身を乗り出すチチに、 ブルマは眉根を寄せて微笑む。本来は、出来るだけ彼女を巻き込むべきではなかろう。 でも今回だけは、彼女にしか出来ない事なのだ。
ノック音に、 ブルマはどうぞと返事する。かちゃりと音がして、扉が開いた。
「どうだ、 そっちは準備できたか」
入って来たのは、きちんと黒の正装姿に身を包んだ悟空だった。
「へえ、結構様になってるじゃない」
思っていた以上に似合っているわよ、それ。 二人で並ぶと、対の人形のようにも見えて、妙に微笑ましい。
年頃の女の子らしいはにかんだチチに対し、悟空はうんざりした顔をする。
「すんげえ窮屈だぞ、これ」
肩も動かし難いし、首周りだってネクタイで絞めつけられて、 やたらと息苦しい。これじゃあ、咄嗟の時に本当に動けるのか?
「我慢しなさいよ、それぐらい」
この私の見立てにケチをつける気?大体、 普段からしてネクタイを緩めているから、こんな時に苦しく感じるのよ。
腰に手を当てて睨みつけられ、ちぇっと唇を尖らせる。そんな悟空に、 ブルマは形の良い手を差し出した。
「で、引き取って来たの?」
早く出しなさいよ。 催促されて、ああと悟空は上着の胸ポケットを探る。取り出したのは、 上品なビロードで装飾された小さな箱。受け取り、ぱこんと中を開くと、 うんうんとブルマは頷いた。
「なかなか良い出来じゃない」
取り出すそれは、 丁度チチが身につけているネックレスと揃いになった、真珠のピアスであった。
「チチさん、ピアスが通せるのよね」
チチの住んでいるいた地方では、装飾の意味で、 幼い頃から耳に穴を空ける女性が多かった。勿論チチも然り、今も極小さなピアスをしている。
「ちょーっと、これ、付けるわね」
言いながらチチの横に来ると、丁寧に左右、 そのパールのピアスを装着した。気のせいだろうか、パール一粒だけをあしらったそれは、 見た目よりもやや重みを感じるような気がする。
「特注ものだし、 ちょっと取り外しにはコツがいるから」
だから自分で取ろうとせずに、 誰かにお願いするようにしてね。
「特注って…わざわざ、作ってくれただか?」
こんな高価そうな物を。このパーティー用に。
思わず声を上げるチチに、 ブルマは小さく笑う。
「そんな、大したものじゃないわよ」
特注とは言っても、 土台に真珠をつけて貰うのに、街の宝石商に依頼しただけ。それ以外の部分に、 自分で少々「小細工」をしただけ。そんな大仰なものではない。
それに、 是非これはつけておいて欲しい。万一の時の為に。
少し離れて、全体を確認して。
「どう?孫君」
「何が?」
「あんた、本っ当にデリカシーが無いわね」
これだけ可愛くて、綺麗で、素敵にお洒落したレディーを目の前にしているのよ。 もっと気の効いた事は言えないの?
「でりかしーって、何だ?」
天然で返されるその言葉に、眩暈がする。ええ、はいはい。あんたに聞いた、 あたしが間違っておりましたわよ、もう。
そうだ。その天然っぷりに、 大切な事を思い出した。
「あんた。絶対、会場での飲食は一切禁止よ」
「いいいっ」
びしっと指を差されての指摘に、悟空は思わず声を上げた。 その溢れる悲壮感に、額に手を当てる。
「自分が何の為にこのパーティーに侵入するのか、 まさか忘れていないでしょうね」
只でさえ人一倍どころか、五倍も六倍も食べるのに。 いつもの調子で馬鹿みたいに会場の食べ物を貪っていたら、 いらぬ注目を集める事請け合いである。
「ちっとぐらいいいだろ?」
御馳走を目の前にして、 お預け食らうなんて。
「駄目」
きっぱり言い切ると、くるりと背を向けて、 チチへと向き直る。
「悪いけど、チチさん。こいつが大食らいを披露しないように、 ちゃんと見張っておいてね」
それが一番、今の私には心配だわ。 頬に手を当てて大袈裟に溜息をつく様子に、チチはくすくすと笑う。
確かに、彼女の言う事も尤もだ。先日、家まで送ってくれた悟空に食事を作って食べさせたのだが、 その人並み外れた量と食べっぷりには、チチも相当驚かされたのである。
とん、 と胸を叩いて。
「判っただ、任せてけろ」
おら、ちゃんと悟空さを見張っているだ。
「何だよ、チチまで」
至極不満げに眉根を寄せる顔に、にっこり笑顔を向けて。
「ちゃんと何も食べずにいたら、おらが後でたーんとうめえもん、作ってやるだよ」
腹いっぱい食わせてやるから。
「ホントか?」
「勿論だべ」
先日御馳走になった彼女の手料理を思い出し、ごくりと悟空は喉を鳴らす。 あり合わせの材料で作ったからと謙遜していたが、出された料理の数々は、 どれを取っても本当に絶品だった。
「…よし。判った、我慢する」
あらまあ、嫌に素直じゃない。悪戯っぽくブルマは笑う。
「絶対だからな、それ」
約束だぞ。真剣な面持ちで念を押され、チチは笑って頷いた。





ホテルのロビーに車を止めると、運転手姿のクリリンは振り返る。
「じゃあ、時間になったら、迎えに来るから」
先日もこの近くで、 国営軍の要人がスナイパーに狙撃された事件が起こっている。犯人はまだ見つかっていないが、 もしかするとレッドリボン軍と関係があるのではないかとの憶測もあるのだ。
「くれぐれも、二人とも気をつけるんだぞ」
今回、チチが頼まれたのは、 このパーティーに来賓客として参加する事であった。目的は、 先日裏道でレッドリボン軍の話を交わしていた、裏道で垣間見た人物である。
あの時、その顔をしっかり見たのはチチだけである。丁度、とあるパーティーが開催される。 それに参加して、その人物が会場内にいるか、そしてどの人物だったのか、 教えて欲しいと言うのだ。その申し出を、チチは嬉々として承諾する。
最初は、こういったイベントに場馴れしている、ブルマと一緒に参加という話もあった。しかし、 彼女は名の知れた大富豪の一人娘であり、しかも世界でもトップクラスの工学博士でもある。 それなりに有名人でもある彼女と一緒にいる事で、チチが誰かの記憶に残ることは避けたい。
なので、悟空が一緒に参加する事になったのだ。
パーティーの参加客の中から、 あの場で目にした人物を悟空に教えるだけ。危険な事だとは思わないが、そ れでも何があるかは判らない。
「悟空、ちゃんとチチさんを守ってやれよ」
「ああ」
運転席から出ると、くるりと回って後ろのドアを開けた。 緊張した面持ちで車から出てくるチチに、運転手よろしく丁寧に礼をする。
頷いて小さく笑顔を見せると、クリリンは照れたように笑った。
並んで会場へと向かう二人の背中を見送り、軽く肩を上下させる。確かにこうして見ると、 何だかあつらえた様にお似合いだ。
彼女、めちゃくちゃ可愛いよな。 ちぇ、役得だよ、悟空の奴。ホント、羨ましいよなあ。
丸めた頭を掻きながら、 自分のそんな愚痴に苦笑して。車に乗り込もうかと、運転席へ回りこもうとしたところで。
「うわ…っ」
隠れて見えなかったその人影に、思わず声を上げてしまった。そちらも、 気が付いていなかったらしい。こちらを見下ろす視線は、反応こそ薄いものの、 明らかに驚きに見開かれている。
ぱさ、と手にしていたクラッチバッグが地面に落ちた。
さらりと揺れる見事なプラチナブロンド。猫のようにラインがはっきりしたアーモンド形の目。 透けるようなアイスブルーの瞳。
その、非の打ち所の無い完璧ともいえる整った目鼻立ちに、 ぽかんとクリリンは目を奪われる。この世には、こんな綺麗な人が存在するのか。
無遠慮な視線に、彼女はやや目を細めた。軽い仕草で髪をかき上げると、 覗いた耳朶にダイヤのイヤリングが覗く。ネックレスと同じデザインの豪華なそれは、 彼女の美しさを引き立たせるように、硬質に輝いて自己主張していた。
「なんだよ、おっさん」
すらりと伸びいた腕を組んで、投げつけられたのは、 感情の読み取れない声での辛辣な言葉。はたと我に返った。
「…あ、その、 すいませんっ」
思わず声が上擦ってしまう。あたふたとした仕草で頭を下げ、 そして足元に落ちたままの彼女のバックに気付いた。慌ててそれに手を伸ばす。 彼女も同じタイミングで、それに手を伸ばした。
二人、同時に掴み取る。
ぎょっと顔を上げると、ごく至近距離で、彼女と目が合った。
欧米人特有の、 透き通るような瞳の色。冷たい印象を与えがちな切れ長の瞳を、長い睫毛が縁取る。 彼女の瞳に自分が映っているのが見えると、クリリンはみるみる顔を赤くした。
その実に判り易い初な様子に彼女は瞬きし、そして唇だけで小さく笑う。それさえも、 見惚れる程に綺麗だった。
だから、頬に当たる柔らかい唇の感触が、 一瞬何なのか判らなかった。
瞬きも出来ずに硬直する横、バッグを取ると立ち上り、 腰に手を当てて見下ろす。小柄なクリリンに並ぶと、彼女は更に長身に見えた。
「ばーい」
明らかにからかいを含んだ声。
目にも鮮やかなロイヤルブルーのロングドレスの裾を翻し、無駄の無いしなやかな動きで、 彼女は会場へと姿を消した。
その後姿を、クリリンは魂が抜かれたような顔で見送っていた。





パーティー会場内は、既にかなりの来賓客で賑わっていた。
煌びやかな装飾品、 眩しい照明、華やかに着飾った来賓客。目に飛び込んで来る光と色彩に、 立ちすくみ、ちかちかする目を幾度も瞬きさせる。
今まで父親と二人で田舎の村で生活していたチチにとっては、 生まれて初めての豪華な空気だ。場に圧倒され、思わず気後れしてしまう。
緊張にぎゅっと手を握り締める様子に、悟空は腕を差し出す。
「つかまっていろよ」
縋る心地で、チチは差し出されたそれに、しがみ付くように抱きついた。
緊張のあまりに、 微かに体が震えている。それが伝わったのか、悟空は力の籠った細い指先に、 宥める様に自分の手を重ねてきた。窺うように視線を向けると、普段と変わらない、 落ち着いた笑顔が向けられる。
唇だけで、大丈夫だって…と囁かれた。 こくりと頷く。
奥はそのまま広いホールになっていた。楽団が軽やかな音楽を奏で、 中央では何人もの男女がそれに合わせて踊っていた。思った以上の人の多さに、 チチは戸惑う。
「どうだ、チチ」
小声で囁かれ、視線を走らせる。
「よ、良く分かんねえだ」
人の多さに、目移りしてしまう。絡ませていた腕から離れ、 数歩進み出て、ゆっくりと見回す。
広い場内。行き交う人の数。喧騒と音楽。
一瞬だけではあったが、あの顔はしっかりと脳裏に刻みつけたつもりだ。 忘れてはいない筈だが、それでも人間の記憶は、時に非常に曖昧なもの。 記憶の中の顔が見えない事に、徐々に不安が増してくる。
喜び勇んで手伝うと引き受けたものの、果たしてこれだけの人の中から、 あの時の顔を探し出す事が出来るのであろうか。チチは自分の考えの甘さに、 小さく息をのんだ。
「…失礼」
驚かせないスマートな仕草で前に立ち、 にこりと微笑んで見下ろす男に、チチの顔に緊張が走った。誰だ、この男。
強張った表情をどう取ったのか、苦笑して優しげに笑う。
「よろしければ、 ご一緒に一曲如何ですか」
「…へ?」
瞬きを繰り返す。どうやら、 ダンスの誘いのようである。
それを理解すると、チチはぽっと頬を染めた。 無防備な表情で瞬きを繰り返し、咄嗟にきょろきょろとすぐ傍にいた筈の人を探す。 無意識に、随分と足を進めていたらしい。少し離れた場所で、 苦笑したままこちらを見ている悟空の姿に気がつくと、慌ててそちらへと走り寄り、 ぎゅっとその腕に抱きついてしまった。
伏せた顔を真っ赤にしてしがみ付くチチに、 悟空は少し驚きつつ、小さく笑う。
「わりいな。別を当たってくんねえか」
こいつ、すげえ緊張しているみてえだからな。
細くて白い肩に手を回すと、 庇うように抱き寄せる。丁寧な仕草で身を引く男の気配に、 チチは高鳴る心臓に手を当てた。
「び、びっくりしただ…」
こっぱずかしい。 思わず両の頬に手を当てる。
まさか自分が、男性にダンスに誘われるなんて思ってもいなかった。 こんな場所だからこその当たり前ではあるのだが、別の事で頭が一杯過ぎて、 そこまで考えていなかったのだ。乙女心にロマンチックと言えばそうなのだが、 初なチチにはそれより先に、驚きと気恥しさが勝ってしまう。
尤も、チチ自身は気付いていないが、可憐な彼女へ向けられていた幾つかの視線を、 悟空は既に察していた。
参ったな。ブルマの見立ては間違っていなかったが、 これじゃある意味逆効果だ。今ので多少の牽制にはなっただろうけれど、これ以上目立たない為にも、 あまり長居はしない方が良さそうだ。
「チチ、おめえ踊れるか?」
えっと俯いていた顔を上げる。覗き込んでくる彼に、チチは慌てて首を横に振った。
「そ、そんな。ダンスなんてやった事ねえだよ」
そっか。ひょいと手を取ると、 にかりと笑う。
「じゃあ、教えっから」
ほら。腰に腕を回して、 やや強引にホールへと誘う。ええっとチチは目を向いた。
「ご、悟空さ、踊れるだか?」
「まあな」
ちっとだけだけど、昔教えてもらった事があるんだ。
向かい合うと身を寄せ、 その耳元で。
「見つけたら、教えてくれ」
低い声に、チチは息を飲んで頷いた。
悟空の目的はダンスではないのだ。確かにこの方法なら、誰にも怪しまれる事無く、 さり気なくホール内を一周出来る。
不安そうなチチに、大丈夫だからともう一度笑う。 不思議な事に悟空の「大丈夫」は、何の根拠も無いのに、 安心できるような気がした。
音楽が変わった。
「…そう、そのまま」
手を取られ、腰を引き寄せられる。密着した体に思わず顔を赤らめて視線を落とすと、 顔を上げるように耳元で囁かれた。
「もたれていいぞ。肩越しに見るんだ」
ぐい、と背中を抱かれ、肩口に顔を埋めるような姿勢になる。やたらと飛び跳ねている心臓の音が、 恐らくそのまま伝わっているのだろう。そう思うと恥ずかしくてたまらない。
右、左、前、後…そうそう。これの繰り返しだから、簡単だって。出来るだろ。 ちゃんと踊れているぞ、ほら。
言われるままに足を動かす。ダンスの経験など皆無だが、 気がつけばそれらしい動きをしているようだ。もしかすると悟空が、 巧くリードしてくれているのだろうか。ふわふわと繰り返すステップに、 何となく夢見心地になってしまう。もしかすると、自分は今、楽しんでいるのかもしれない。
「気にしなくてもいいぞ」
小さな声に、えっと瞬きする。
「ここに来てるか、 来てないか。オラ達も判んねえもん」
だからもし見つからかったとしても、 誰もチチを責めないし、それはそれで仕方がないと思っている。
どうやら、 今日の目的の人物の事らしい。一生懸命ステップを踏みつつも、 何とか周囲へ意識を巡らせようとするチチに、悟空は気付いていた。
そっと視線だけを向けると、彼も視線を返してへへっと笑う。その距離の近さに、 慌てて反らして、心の中でお気楽なんだからと毒付く。
だが、彼の言葉がとても嬉しかった。


「…あっ」


思わず零れた小さな声に、ん?と悟空はチチを覗き込む。ぱちぱちと瞬きする大きな瞳に、 悟空は直ぐにそれを悟った。
耳元に唇を寄せて、じっと見るな、と牽制する。
「どいつだ」
「あそこ、柱の横にいる…」
音楽に合わせて、ゆるりと体を入れ替えて。
「グラスを持った、白いスーツの?」
こくりと頷くチチに。
「…よし、憶えた」
そのまま、ごく自然な動きで、流れる様に二人はその場から離れた。





音楽が終わると、悟空はチチの手をさり気ない仕草で引いて、速やかにホールから離れる。 肩を抱き、そのまま人波をすり抜けて、人もまばらなオープンテラスへと誘った。
冷たい夜の空気が心地良い。チチはふうと息をつき、体の緊張を抜く。
「よくやったな、チチ」
悟空の言葉に頷いて。
「な、なあ…」
つい、とチチは悟空の袖を引く。ん、と顔を向けると、 不安そうな瞳が窺うように覗き込んでくる。
「おら、 その…悟空さ達の役に立てただか?」
至極心配そうな声に、きょとんと一度瞬きし、 悟空はにっと笑う。
「勿論だ、すんげえ助かったぞ」
チチのお陰だ。
そこで漸く、チチはほっとしたように笑顔になった。
「良かっただ」
肩を軽く竦め、 肘が隠れる長さのグローブをはめた指を軽く組む。にこにこと笑う様子に、 自然悟空も笑みが零れた。チチの笑顔を見ていると、こちらも嬉しくなる。
見下ろすと、柔らかな光を受ける真珠のピアスが目に入った。
それを暫く見つめ、 厳しい目のまま、悟空はそれにそっと触れる。武骨なその感触に、チチの心臓が跳ね上がった。
「ご、悟空さ?」
瞬きをして見上げるチチに、何やら神妙な面持ちで考えて込む。 その珍しいくらいの真剣な表情を間近にして、自然チチの心臓は高鳴った。
「…あのさ、これ」
示すのは、可愛らしい耳朶を彩る真珠のピアス。 ブルマが特注と言っていたものだ。
「おめえにやるよ」
このまま耳につけておけよ。
「で、でもこれ、ブルマさのでねえか?」
ドレスもアクセサリーも髪飾りも、 全て彼女からの借り物だ。これが終われば返さなくてはいけない。
「けど、オラが選んだもんだしな」
土台こそブルマが用意したものだが、 それを装飾するのに宝石商へ持って行き、このパールを選んだのは悟空だ。
ブルマにはオラから言っておくし。もともと、今回の為に特注したものだしな。
「良いから、貰っとけよ」
パールこそ上質だと判るが、決して大振りではない。 デザインもシンプルなので、このまま充分、普段の装飾として使えるだろう。
「それ、チチに良く似合ってると思うぞ」
へらりと笑っての言葉。 彼がデリカシーなど持ち合わせていないのは、もう充分知っているつもりだけれど。
でも、それでも。
「ほ、ほんとだか?」
「ん?ああ」
頬も、首筋も、ピアスのついた耳朶も、染まったように真っ赤にして。
ほわりと花が咲いたような笑顔に、悟空は僅かに瞠目した。








蛇姫様とも踊っていましたからね
2008.11.07







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