ANGELIC TONE <2> ノックをして執務室に入るなり、拳を向けられた。 「何だ、キサマ。殺す」 「わっ、ちょっと待て。わしは育成を頼みに来たのだ!」 問答無用で乾坤圏が飛んでくる。 「どわあああっ」 爆発音が宮殿内に木霊した。 「ふいー…鋼の守護聖ナタクは、乱暴じゃのう」 太公望はベンチに腰をかけ、深々と息をついた。 昼下がりの庭園には、人がまばらに散歩を楽しんでいる。下界と空間を隔てた聖域とはいえ、 何もここは女王陛下と守護聖のみがいる訳ではない。ごく普通にここで生活をする 人間だっているのだ。 こうしていると、まるでここが聖地とは思えないぐらい、 当たり前の日常がある。 「のどかだのう」 心地よく流れる風に目を細めた。 その隙に、ベンチの上に置いてあった育成資料が 風に攫われる。 「おっと…」 ぱさりと落ちた一枚の資料に手を伸ばすと、太公望より先に それを拾う手があった。 「はい、望ちゃん」 天使のように可愛らしい、見るものの心を 和ますような笑顔。 「おお、普賢」 さわやかな水色の髪を持つ彼は、豊かさをもたらす緑の守護聖だった。 「ねえ。さっき宮殿で凄い音がしたけど、あれってもしかして…」 隣に腰をおろしながら尋ねる。むすっと太公望は、唇を尖らせた。 「わしだよ。鋼の守護聖ナタクに、器用さの力を貸してもらおうと思って行ったのだが」 くすくす、と普賢は笑った。 「ったく、あやつは乱暴だのう」 はーっと溜息をついてみせる。 「ねえ、望ちゃん。僕の力は要らないの?」 「うむ、おぬしには昨日も頼んだしのう。 お蔭で今のところ、緑の力は足りておるよ」 「そうなんだ」 太公望は、膝の上に置いてあった資料を眺める。この資料は王立研究院の責任者、 周公旦にデータ集計と今後の霊獣の成長を予測をしてもらったものだ。 「ねえ。器用さの鋼の力を送って、今日はもう終わりなの?」 太公望に与えられた育成を促す力では、せいぜい一日に守護聖二人に頼んでしまえばもう なくなってしまう。 一気に二人分の力を送ってもらえば、その分成長は早くなる。しかし 全体のバランスを考えると、今日はそうしないほうが良かろうと判断したのだ。 「いや…まだあと一回分力は残っているからのう。力は効率よく使わねばなるまい」 「じゃあ、誰かのとこに行かなきゃ」 「うーむ…そうだのう」 執務室をノックすると、奥から透明な声で返事が返ってきた。 「おお、太公望か」 地につくほどの長く豊かな黒髪を持った絶世の美女は、太公望の 訪問に美しい笑顔を向けた。 「失礼する、水の守護聖竜吉公主」 ぺこりと一礼すると、執務室に入る。 「今日はおぬしが守護する、優しさの力をお願いに来た」 「そうか、承知した。で、いかほど送ればよい?」 「わしの力、半分で」 「うむ、判った」 にこりと頷く。力の半分は、もう鋼の力で使っていた。 「そうじゃ、今丁度お茶にしようと 思ってたところでのう。一緒にどうじゃ」 「おお、ありがたい。公主のいれるお茶は 逸品と聞くからのう」 ころころと笑うと公主は執務机の席から立ち上がった。そのまま 優雅なしぐさで来客用のテーブルに、太公望を促す。 「誰にそれを聞いたのじゃ?」 「緑の守護聖、普賢が言っておったわ」 ああ、と軽く肩をすくめ、公主はティーセットを 用意する。 「そうか、あやつか」 やがて、ぽとぽとと花の香りが執務室に広がった。 「随分仲がいいようだのう、おぬしと普賢は」 「うむ、そうかのう」 かちゃりと小さな音を立てて、太公望のまえに香りのよい紅茶を置いてやる。 「この女王試験が始まって、一番初めに緑の力を借りてのう。戸惑うわしに、 いろいろ教えてくれたのがあやつであった」 「なるほど、そうか」 「年のころも近いしのう。何だか初対面には思えぬ」 にこにことした笑顔は人懐っこく、 こちらもつい笑顔を返したくなる。 「育成の方も、順調なようじゃな」 「今のところは、貴媚との差は殆んど無いがな」 それでもなんとか、わずかに太公望がリードしている。 しかし王天君の言っていた、「裏技」とやらが気になる。 それに、女王試験が始まって 約二週間。王立研究員にいるスープーの様子を見ているが、データとしては成長しているものの、 いまいちそれが太公望には判らない。しかもこの調子では、そう時間がかかる事も無く 成長値が満ちてしまう。もっと長くかかるかもしれないと思っていた女王試験だが、 なんだか拍子抜けするほどあっけなくは無いか? 「のう、公主」 「ん?」 「おぬし、この女王試験の事、詳しく知っておるか?」 それに、公主は眉根を寄せた。 「いや…私たちには女王陛下の考えている事は、 よく判らぬよ」 ただ、と付け加える。 確かにこの調子では、そう時を待つまでも無く、 霊獣は成長するだろう。しかしそれでは…。 「おぬし、すべての守護聖に力の依頼をして回ったか?」 「…いや。試験が始まってからの期間を考えれば、実質的に無理であろう?」 その通りだ。 ふと、公主も唇に形のよい先細りの指先を当てて考える。 「公主?」 「…いや、聖地にある庭園の近くにある建物は知っているか?」 「ああ、そういえばあるのう。なにやら新しい建物のようだが」 「うむ。あれは今回の女王試験用に建築されたと聞いておる」 しかし、今のところ 太公望はその建物に入った事など一度も無い。 「…では、この試験も」 「まだまだ先は 長いかも知れぬな」 うんざりとした顔で、がくりと太公望は肩を落とした。 くすくすと 公主は笑う。 「まあ、そうあせるな。試験とは言っても、おぬしもこの状況を楽しめば 良いではないか」 「随分と楽観的な意見だのう」 公主はこくりとカップのお茶に口をつけた。 「いや、昔聞いた話でな。何でもこの女王試験に参加した者の中でな、守護聖と恋仲になって、 女王資格を放棄したものがおると聞いた事があってな」 「はあ?」 太公望は間の抜けた 声を上げた。 思えば、今回同じく女王試験を受ける貴媚も、その目的は女王資格よりも、 スープーシャンにあるようだが。 「そんな事が許されるのか」 「許さぬもなにも、 女王になるより愛するものと添い遂げたいと言われれば、どうしようもなかろう」 人の気持ちは難しいからのう。うんうんと公主は頷く。 「…というか、わしは男だぞ」 「うむ?」 「守護聖など、皆男ばかりではないか」 「失礼な。私はれっきとした女だぞ」 「おぬしだけであろうが、女は」 少なくとも、今まで太公望が出会った守護聖たちは、皆男ばかりである。 「第一おぬしを相手に恋などしてみろ。わしはおぬしのファンに、殺されるわ」 聖地きっての 美女と誉れ高い公主は、この聖地でも熱烈なファンが大勢いる。 そこまで考え、ふと気がついた。 「そういえば、おぬし」 優しさを守護する水の守護聖竜吉公主は、純血の守護聖だと 聞いた事がある。 「その、恋仲に落ちた守護聖と女王候補って…」 公主は、曖昧に微笑んだ。 「まあ、何も守護聖ばかりが相手ではなかろう。この聖地には、たくさんの者が 住んでおるからのう」 「それはそうだがのう」 「たとえば…王立研究員の周公旦とか」 「おぬし…」 ほんとにここは、楊太サイトなのだろうか… 2001.11.30 |