ANGELIC TONE
<3>





聖地にある王立研究院。
霊獣は、ここで預かってもらっている。
霊獣に会いたければ、ここに来なくてはいけない。ただし霊獣に会うにも、やはりそれなりに 力を消費する事になる。
「元気にしておったか、スープ−よ」
「ご主人〜」
毎週土曜日は守護聖も休みで、育成に力を借りる事が出来ない。 だからというわけか、土曜日は霊獣の様子を見に行く日に、割り当てられているのだ。
「育成結果を見れば、一応は成長しとるのだが。こうして見ていても、 どうもよく判らんのう」
「僕にもよく判らないっスよ」
スープ−シャンは、女王試験が 始まったときから、さほど外見的に差が生まれたようには見えない。自身に聞いてみても、 判らないと言うだけだ。
「でも、ここの人たちは、結構良くしてくれてるっスよ」
時々貴媚も、遊びに来るらしい。
「おぬし、ちと太ったのではないか…」
後に判った事だが、女王資格というのは、霊獣に 見込まれたものが持っているらしい。
その昔、親とはぐれたカバだと思ってスープーシャンを 拾ったのだが、結果的にはそれこそが見込まれた証というのだ。





「よお、スース」
研究院のロビーで声をかけてきたのは、勇気を操る風の守護聖、黄天化だ。
「スースも霊獣を見にきたさ?」
「うむ。なんじゃ、おぬしもか」
へへっと人懐っこく笑う。
「まあね。この間俺っちの 力送ったかんねー。どんな風に影響すんのか知りたかったさ」
先日貴媚に頼まれて、王天君に力を送ったらしい。守護聖もここで、データを見せてもらうことが 出来るのだ。
「ふむ、熱心な事だのう」
で…と、 こそっと耳打ちする。
「王天君の成長はいかほどであった?」
「スース、俺っちにスパイさせる気かい?」
「有力な情報は、必要だからのう」
ふい〜っと、煙草をくわえた口から煙を出した。
「なんか、意外さー」
「何じゃ?」
「スースって、女王になるとかそういうのって、あんまし興味なさそうに 見えてたさ」
そう言われればそうなのだが。
「売られた勝負は受けてたーつ」
拳を振り上げ、高らかに宣言する太公望に、天化は煙草を落としそうになった。
「スース、あーた…」





「ま、正確な情報なら、俺っちよりあっちっしょ」
くい、とロビー奥にあるカウンターを示す。そこには王立研究院を任される責任者、 周公旦が座っていた。
いつまで経っても、なかなか今日のデータ報告資料を取りにこない 太公望に痺れを切らし、手に持つハリセンを震わせている。
「うう…何だか怖いのう」
びくびくと身をすくませながら、とりあえずカウンターへ向かった。
「今日は遅かったですね、太公望」
「う、うむ…そうかのう」
「貴媚さんはもうとっくに 帰られましたよ」
霊獣に会いに来ると、ここで予想と観察のデータ資料を 配布してもらえるのだ。
ぴりぴりとした空気を肌に感じながら、とりあえずそれを受け取る。
「天化さんも。ここは禁煙ですよ」
太公望の隣に立つ天化に、鋭い声が走った。ひゃっと 天化は慌てて煙草の火を消した。





「しっかし、おっかないのう。研究院の周公旦は」
資料やデータ予測は実に完璧ではあるのだが。
あ、そうだと天化は声を上げた。
「スースに会えるんだったら、持ってくりゃ良かったさ」
「何じゃ?」
この間貴媚が、執務室に育成の依頼に来たとき、 忘れ物をしたらしい。それを届けて欲しいと言うのだ。
「届けるのは、別にかまわんが」
「ほんと?悪ぃな。今ヒマ?」
「うむ」
「じゃ、さ。ちっと宮殿まで取りに帰るの、付き合って欲しいさ」





執務室は聖地内の宮殿内にある。離れた場所には守護聖たちの私室も設けていた。
守護聖に育成を頼むには、この宮殿の執務室にある、各守護聖の部屋を訪れればよい。
ただ、守護聖も、女王試験だけが仕事ではない。力を頼みたい守護聖が不在な場合もある。
太公望は、天化の執務室までついてきた。忘れ物を受け取り、風の守護聖の執務室を出たところで、 ふと向こうの方、奥にある執務室から、楽しそうな話し声が洩れている事に、 二人は気がつく。そして目を合わせた。
「誰か客なんかな」
「珍しいのう。『誇り』の力を司る光の守護聖、聞仲のこんな風な 笑い声なんぞ、はじめて聞いたぞ」
「俺っちだってそうさー」
光の守護聖たる聞仲は、 顔の半分を仮面に隠し、その司る力のまま誇り高く、いつも気難しい顔をしている。
流石に守護聖の筆頭ともあり、責任感が強く、それが他者に近寄りがたい雰囲気 を感じさせていた。 それがこんな風にか快活に笑い声を上げるなど、少々想像に難い。
光の守護聖の執務室の扉が、がちゃりと開いた。
同時に洩れる、 楽しそうな笑い声。
そして、 開いた扉から出てきたのは、これもまた随分と体のがっちりした大男。 聞仲とは正反対ともいえる、人のよさそうな武人肌。
太公望は、あれ、と思った。何だか彼は似ているような…。
「お、親父ぃ」
隣に立っていた天化が、素っ頓狂な声を上げた。
ああ、そうか。イメージが天化と似ているのだ。
…って、親父?
「おお、天化じゃねえか」
張り上げた声に気がつき、懐の深そうな笑顔を向ける。
「何やってんだよ、こんなところで」
走り寄り、天化は父を見上げた。その後を、ゆっくりと太公望もついてくる。
「ああ、良かった。今、ご子息を呼びに行こうかと思っていたところだ」
そういう光の守護聖の顔が、幾分か、いつもよりも表情が柔らかい気がする。 随分と親しい仲であるようだ。
それにしても。
隣に立つ聞仲も大柄な方だが、 天化の父親はさらにデカい。小柄な太公望は、絶句して見上げてしまった。
「そういえば、太公望。お前はここで何をしている」
「あ、俺っちが連れてきたさ。 もう一人の女王候補の忘れもんを、預かってもらおうと思って…」
「…そうか、なら仕方ないが。今日は土曜だ。ここには立ち入れないことになっている」
流石は守護聖筆頭。説教が始まりそうだと苦笑いしたとき。
「ん?あんたが女王候補かい」
「う、うむ。太公望と言う」
「よろしくな、太公望殿。 俺は天化の父親で、黄飛虎ってんだ」
差し出された手に、太公望は手袋を外し、握り返す。大きな彼の手に、太公望の小さな手は、 すっぽりと隠れてしまった。
「それよか親父、何で聖地なんかにいるさー」
「んー、まあ、事情があってな。しばらくこっちに来なくちゃならねえんだ」
「なんでさ」
「えっと、だな…」
「それは又、おいおい連絡があるだろう」
根が正直な男らしい。言いよどみかける飛虎に、 聞仲が空かさず答える。ちらりと視線がこちらに向いたのを、太公望は見逃さない。
これはもしかして、女王試験がらみなのかもしれないな。
「ではな、天化。 預かり物は、わしから貴媚に渡しておくよ」
「え、スース?」
ぽんと軽く天化の肩を叩き、ぺこりと聞仲と飛虎に頭を下げて背を向けると、 さっさとその場を小走りで立ち去った。





さて、ここに居ても仕方ないし、とっとと帰ろうかのう。
宮殿内をてくてく歩きながら、 太公望はふと、渡り廊下から見える庭園へと目を向けた。
美しく整理された庭園は花が咲き乱れ ている。何気にそれを見ながら、そういえばここを横切っていけば近道だったことを 思い出した。
渡り廊下から外れ、茂みをかき分け、ごそごそと庭園を横切る。
こんなところを小うるさい周公旦あたりに見つかったら、又どやされるのかも知れないのう。 まあ、あやつは殆んど王立研究院から出ることはないのだが。
茂みを抜けると、少し開けた 中庭に出る。ここにはテーブルや椅子もそろえてあり、守護聖たちは時折ここでお茶をすると、 緑の守護聖、普賢が教えてくれた。





だが、今回ここには先客が居たようだ。





丁度こちらに背を向けてテーブルについている。
こちらからは、その後姿しか見えない。
腰まで伸びる長い髪は、晴天の空のように深い青をしていた。すんなりと逞しい体躯、 ゆったりと組まれた長い足、長い指は軽く組まれてテ−ブルの上に乗せられてる。
なんとも絵になるのう。太公望は妙に感心した。
見覚えのないそれに、誰かの来客であろうと予想する。先刻の黄飛虎といい、 どうも今日は、来客が重なるようだ。
ふと、気配に気がついたのだろう。
後姿が こちらを振り返った。





ふわりと髪が、風に煽られる。
紫の瞳に、吸い込まれそうだと思った。




















「おや、太公望ではないか」
かけられた声に、必要以上にびっくんと太公望は 反応してしまった。
そこにはお茶の用意を乗せたトレーを手にした、 安らぎの力を守護する闇の守護聖、玉鼎真人が立っている。どうやら 彼は、玉鼎の客であるらしい。
「な、何だ。玉鼎の客か」
慌てて取り繕うように、 太公望は声を上げた。
「太公望…では貴方が…」
玉鼎の呼んだ名前に、彼が反応する。
「ああ、紹介しよう」
かちゃりとトレーをテーブルに置き、促すように玉鼎は彼を立ち上がらせた。
「私の剣の弟子で、楊ぜん、と言う。楊ぜん、彼が今回の女王候補の一人、 太公望だ」
向かい合って目が合う。珍しい、水晶のような紫の瞳だ。
「はじめまして」
綺麗な笑顔で微笑み、楊ぜんと名乗る彼は、 右手を差し出した。
何だか今日はよく握手するのう。太公望も、慌てて手袋を外し、 右手を出した。楊ぜんの手は暖かかった。
「で、今日はどうしたのだ?土曜日は、 育成は出来ないはずだが…」
「あ、うむ。さっき天化に誘われてのう」
「あまり長居はしない方がいい。一人でいる所を女王試験の監視に見つかったら、いらぬ疑いを かけられるぞ」
そういえば、さっきも聞仲に言われたところだったのう。 ぽりぽりと、太公望は鼻の頭を掻いた。
「よろしければ、宮殿の外まで、僕がお送りしましょうか」
は?と太公望は、楊ぜんを見た。
「貴方は、聖地で迷った僕を、闇の守護聖の師匠の元まで、わざわざ案内してくれたんです」
だったら仕方がないでしょう?
「…ふむ、そうだな。楊ぜん、太公望を送ってやるといい」





太公望と楊ぜんは、宮殿の廊下を並んで歩いた。
誰かに会うかと懸念していたが、 流石に土曜の宮殿内はひっそりとしていて、結局誰一人ともすれ違う事はなかった。
ちらりと太公望は、隣を歩く楊ぜんへと視線を向ける。
それに気がつくと、楊ぜんは 優雅な笑みを見せた。
「どうかしましたか?」
「あ…いや。今日は来客が 多いみたいでのう」
先ほども光の守護聖の元に来ておったわ。今さっき会った黄飛虎の 様子を話すと、楽しそうに楊ぜんは笑っていた。





「ここまでで良いよ」
建物を出たところで、太公望は言った。宮殿の門はもう見えている。
「すまなかったな、助かったよ」
「いえ、女王候補のお役に立てて嬉しいです」
「玉鼎にも。礼を言っておいてくれ」
「はい」
ではな、と軽く手を上げる太公望に、 楊ぜんはにこりと笑う。




「ええ、又お会いしましょう。太公望師叔」
「楽しみですよ、女王試験が」




その声は、 背中を向けた太公望には聞こえなかったようだ。








やっぱり本命馬とは、出会いからして他と違うものでしょう?
(=少女漫画の古典的セオリー)
管理人、調子に乗っております。
2001.12.03







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