ANGELIC TONE
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「こんなところにおったか…」
柔らかな日差しが降り注ぐ、昼前の聖地内にある公共庭園。 散歩をする者や、ベンチやカフェでくつろぐ者、ここは聖地の憩いの場として 最も知られる場所だった。
その一角。
低木の陰に隠れて、 覗き込みさえしなければ、見つからないようなそんな場所。
太公望は腰に手を当てて見下ろした。
「おい、起きよ。夢の守護聖、太上老君っ」
大きな宇宙服にも似た怠惰スーツを着込み、美しさを司る夢の守護聖、太上老君は、 のんびりと睡眠を取っていた。
「全く、昨日も今日も執務室に居なかったであろうっ。 わしの育成に、夢の力が必要なのだーっ。起きよ〜」
げしげしと(一応偉い方である) 守護聖を足蹴にして起こそうと試みるが、流石は特注怠惰スーツ。これくらいでは びくともしない。
「おぬし、ええかげんにせいよ」
ぜーはーと息を荒げて太上老君を 睨みつける。
ここにいる事を突き止めるだけでも随分と時間がかかったのだ。 何としてでも、育成に協力してもらわなくては、今日の午前中が全く無駄に終わってしまう。
「うう…わしもだらだらしたいのう」





育成に変化が起きたのは先週に入ってからだった。
守護聖の力を受けたスープ−シャンは、先日王天君を僅かに凌いで、一足早く成長の 兆しを見せたのだ。
とは言っても、相変わらず太公望の目には、何がどうなったのか その変化は読み取れない。
スープ−シャンに聞いても、
「僕もよく判らないっスよ〜。 あ、でもこんなのもらったっス」
と、一枚の紙を出すだけだ。その紙も、どう見たって ただの真っ白い紙切れにしか見えない。
「そういえば王天君さんは、王天君2になったって、 言ってたっスよ」
「2って…」
あちらも太公望の見るところ、少なくとも容姿には、 全く変化は見当たらないのだが…。
それに伴って、育成にも変化が生じた。
王立研究院の責任者、周公旦の話によれば、どうやら成長した霊獣の力によって、 新たに新宇宙が誕生したらしい。そして今度の育成というのは、その新 宇宙に、守護聖の力によって誕生する星を、増やさなければならないらしいのだ。
とは言われても、どうにも太公望にはよく判らない。
「なんだかいろいろ 起こるものだのう…」





「ええい、いいかげんにせよ!太上老君っ」
マジで切れるぞ。何かぶっ叩いて この怠惰スーツを壊せるものがないかと周りを見回したとき。
『も〜、うるさいなあ』
「ぬおおおっ」
近くの木の枝に止まっていた小鳥が、太上老君の声で喋りだした。
「お、おぬし…」
『何のよう?折角眠っていたのに』
どうやら自分の口を使って喋る事さえ、 億劫であるらしい。本当にこれでいいのか?夢の守護聖。
「だから何度も言っておろうっ。育成に力を貸してほしいのだ」
『…わかったよ、 めんどくさいけどね。で、どれぐらい力を送ればいいの?』
「半分だけでよい」
『半分だね…じゃ、おやすみ』
小鳥から発せられる彼の声は、そこで途絶えた。 どうやら眠ったらしい。
本当に、大丈夫なのだろうか。でもまあ、今まで頼んだ 育成を忘れられた事は一度もなかったし。
「さて、わしは学芸館へ行かねばな」
くるりと太上老君に背を向けて、太公望は庭園を出て行った。





育成の変化の一つとして、はっきり変わった事が一つ。
今までは守護聖に力を送ってもらって、霊獣を育てる事のみに専念していたが、 今度は女王候補の、その素質を伸ばすべく、学習の時間を設けなくてはならなくなったのである。
しかも一回学習するのに、育成と同じだけの力が必要となる。
その為に、新しい指導員達もこの聖地にやってきたのだ。
学習は精神と、感性と、品位の三つを主体にしている。各教育に指導員が一人づつついて いた。
先日の日曜日に出会った、 風の守護聖である黄天化の父、黄飛虎は、精神の教育の指導員として、 この聖地にやってきたのである。どうやら光の守護聖である聞仲とは、旧知の仲であるらしい。
昨日精神の指導のため執務室に訪れたが、なかなか好感の持てる人物であった。 心根が真っ直ぐなところが、子息の天化と似ている。
さて。
昨日は精神を学んだから、今日は別の ものを学ばなくてはいけない。ここでも三つをバランスよく学習しなくては、 今度は新宇宙に生みだす、星の安定度へと影響が出てくるのだ。
「うう、めんどくさいのう」
先ほど聖地一の怠け者といわれる夢の守護聖に会ったからであろうか。 どうにも、怠け心が生まれてしまう。
それもこれも、この女王試験のため。
とりあえず気を入れなおすと、学芸館にある、執務室の扉の前までやってきた。
軽くノックをする。
奥から「はい」と、通りの良い声が返ってきた。 かちゃりと音を立て、扉を開く。
「失礼する、精神の教官よ」
執務机から顔を上げるのは、青く長い髪を持つ、端整な顔立ちの美青年。
入室する太公望の 姿を目にすると、にこりと甘く微笑み、立ち上がる。
「ようこそ、太公望師叔」
先日、宮殿の庭園で闇の守護聖玉鼎に紹介された、青い髪の青年。
彼、楊ぜんこそが、精神の学習のために聖地にやって来た 教官だったのだ。
「お待ちしていました。どうぞ、こちらへ」
執務室内には、学習のためのコーナーが 設けられている。女王候補はここで、教官と二人で学習するのだ。
「では、はじめましょうか。そちらにおかけください」
「うむ」
そうして二人、並んで席につき、学習する。
楊ぜんの教え方は丁寧で、的を得ていて、判りやすかった。 巷では天才と称されていると聞くが、確かにそうなのだろうと太公望も舌を巻く。
そうして一通り、一日分の学習を終える頃。
「今日は随分がんばりましたね。きっと、霊獣の安定値も上がっていると思いますよ」
「そうか」
ぱたんと手にあった本を閉じる。嬉しそうに 顔を上げる太公望に、楊ぜんはにっこりと笑顔を向けた。
「女王試験、大変でしょうけど、 頑張ってください」
「うむ」
紫の瞳が、優しく和む。





とりあえず学習を終えたので、帰ろうとしたとき。
「途中まで、ご一緒させていただけませんか」
王立研究院に、用事があるらしい。 断る理由もなく、二人、一緒に学習院を出た。
それにしても、と思う。
どうも太公望は、彼が苦手だ。
否、嫌いなわけでは決してない。むしろ好ましいとさえ思える。
品行方正だし、学習の指導も 判りやすい。当たりも柔らかく、節度もあり、出来すぎなぐらいに 全てを兼ね備えている。
まるで作り物のようだ、とさえ思えるほどに。
ただ苦手なのは。
「どうしましたか、師叔」
向けられる紫の瞳が、どうにも…。
なんと言おうか…視線が気になる。
学習のときや、こうして他愛もない話をしているとき、ふと何気に目が合うときがある。そんな時、 楊ぜんは酷く優しい光を込めて、言葉もなく、じっとこちらを見つめるのだ。
ただでさえ、嫌味なくらいに整った顔立ちを持つ男だ。これが女性であったなら、 間違いなくこころときめかせるであろう。
…いや、女性ならば。
気にしすぎといわれれば、本当にそれまでなのだが…。
ほんとに…。
「あー、いやその、おぬしも聖地には慣れてきたかのう」
「 そうですね。実は、 まだあまりよくは回れていないのですが」
女王候補ともなれば、育成のため、あちらこちらへ 出歩くこともあるのだが、意外と守護聖や教官などは、執務室に閉じこもる事が多く、この聖地では、 どうも行動範囲が狭くなってしまうらしい。
「実際の所、守護聖の方々とも、あまり顔を会わせることがありませんからね」
「ほう、そうなのか?」
教官たちの執務室のある学芸館は、宮殿から離れた場所にある。 同じ教官同士なら顔を合わせることもよくあるだろうが、守護聖と 顔を合わせる機会は滅多にないらしい。
それを聞き、ふと太公望は、自分が始めて 聖地に来た頃を思い出した。
初めての地で、右も左も判らず、当初は随分戸惑ったものだ。 そんな時、優しくしてくれた緑の守護聖、普賢には本当に救われた思いがした。
「のう、楊ぜん」
「はい?」
「何か困った事があれば、わしを 頼りにしてくれてよいのだぞ」
きょとんと楊ぜんは目を丸くした。驚いたように、 並んで歩く太公望の横顔を見つめる。
その視線に気付くことなく。
守護聖たちも、あんなふうだが、結構気のいい奴らばかりだしな。いや、個性は皆、かなり キョーレツなのだがな。
かかと笑いながら、ぽんと楊ぜんの肩を軽く叩いた。
「そのよう、ですね」
くすくすと楊ぜんは笑った。 意外に子供っぽい顔で笑う。それに気がつくと、何だか嬉しくなった。





やがて二人は寮の前についた。王立研究院は、この、もう少し先になる。
「では、また執務室に、いらして下さい」
「うむ、よろしく頼む」
そうだ、と楊ぜんは太公望に向き直った。
「もしよろしければ、今度僕に、 聖地を案内していただけませんか」
お暇なときで結構ですから。
言いながら、さりげなく太公望の手を取る。
先ほど頼れと言った手前、太公望の返事は唯一つ。ああ、と 頷く他はない。楊ぜんは満足したように笑った。
「約束、ですよ」
念を押すように言うと、取った太公望の手の甲、はめていた手袋の上に、そっと唇を落とした。
ぎょっと太公望は、慌てて手を引っ込める。
「おっ、おぬし…っ」
約束。
見上げた紫の瞳には、どこか悪戯っ子のような光が 含まれていた。





「ご主人〜、大変っス!」
「どうした、スープ−」
スープ−シャンが貰った白い紙切れが、 実はあぶり出しになっている成人証明書だと気が付いたのは、程なくのことだった。





「…何ゆえ、あぶり出し…」








ちなみにこのゲーム。
管理人、ルヴァ様とヴィクトール様だけは、
いつも外せませんでした。
2001.12.13







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