ANGELIC TONE <5> 「ではな、雲中子。育成の方、よろしく頼んだぞ」 「判ったよ、太公望。ところでさあ」 話題を変え、ごそごそと執務机の中から、桃を一つ取り出す。 「ここに『ちょっと不思議な 桃』があるんだけどさあ、食べてみない?おいしいよー、きっと」 ぴきっと、太公望は顔を引きつらせた。 「…おぬし…」 戸口へと向かいかけた足を回れ右 させ、つかつかと知恵の力を司る地の守護聖、雲中子の前に立った。 「おぬし、この間も そう言って、わしに桃を食わせたのう」 「ああ、そうだったっけ?」 とぼけるな。 ぐい、とその胸倉を掴む。 「あれのせいでわしは、猫に変身するは、うさ耳は生えるわ、 女体にはなるわ、変な事口走るわ、エトセトラエトセトラ…」 どうやら、一度や二度ではではないらしい。 「やだなあ、人を疑っちゃって。ただの桃かも知れないだろ?」 「むちゃくちゃ 怪しいわいっ」 大体何故、執務室の「机の中」からわざわざ桃が出てくる? 「いいじゃないか、それを見て喜んでる人もいるんだしさ」 「わしは遊ばれておるのだーっ」 唾を飛ばさん限りに吐き捨てて、ゆさゆさと雲中子を 揺さぶる。からかうのは好きだが、からかわれるのは好きじゃない。 「よかったね、 皆に好かれちゃってー」 「おぬし、いっぺん死にたいようだのう」 桃を見れば、 とりあえず見境なく口にする自分は、とりあえず 心の棚に乗せておく。 「あ、でもね。好意をもたれるってことは、女王試験においても、 すごく重要な事なんだよ」 初めて聞くそれに、へ?と掴みかかっていた手を離した。 「なんだそりゃ?」 「君、知らなかったのかい?」 人々の上に立つ女王という立場において、この人のためならば、と思わせる 資質は、とても重要なことだ。女王試験の中には、そういった要素も含まれている。 「ほら、王立研究院の横に、小さな小屋があるのは知ってるかい?」 「…いや」 「そこにはね、子供の占い師がいるんだ。その子に 頼めば、いろいろ占ってくれるよ」 それに、占い以外にも、役に立つ事があるさ。 そう言われれば、行ってみない訳にもいくまい。 占いなら、薪占いといわし占いができるのだがのう。 地の守護聖の執務室を出て、 ぼんやり考えながら、とりあえず言われた通り、太公望は 件の小屋へと向かうことにした。 まあ、なんにせよ、ものは試しであろう。 「あれ、望ちゃん」 道すがら、声をかけられ、 振り返る。空色の髪を揺らしてこちらにかけてくるのは、緑の守護聖普賢だった。 「どうしたの、もう今日の 育成は終わり?」 「うむ、とりあえずな」 「王立研究員に行くの?」 「いや。さっき雲中子に、占いをしてくれる小屋があると聞いてな」 一度行ってみようかと思ってのう。 ふうん、と普賢は頷き、そしてぱっと顔を 明るくした。 「ねえ、僕も一緒に行っていい?」 「ああ、かまわぬよ」 占いの小屋はすぐに見つかった。 「ここだよ」 「うむ」 二人、中に入ろうとしたとき。 「あっ、太公望☆」 ひょっこり中から出てきたのは、貴媚だった。 「おぬしも来ておったのか」 きょとんと貴媚は、太公望と普賢を交互に見つめる。そして手にあった紙を、何やら じっと見つめていた。 「なんじゃ、それは」 「占いの結果だよ☆」 ほう、と覗き込もうと すると、慌てたように貴媚はそれを隠した。 「だめっ。太公望には秘密りっ☆」 べっと舌を出すと、そのままとことこと駆け出していった。 「なんなのだ、あやつは」 「望ちゃん、貴媚と仲悪いの?」 「そうでもないと思うのだが…」 同じ女王候補のライバルではあるが、別に悪意は互いに感じられない。顔を会わせれば それなりに話もする。何より貴媚は、随分スープ−シャンを可愛がってくれているようで、 太公望としてはそれが嬉しかったりもするのだが。 「それこそ、占ってもらったら判るんじゃない?」 二人は入り口の垂れ幕をくぐった。 「あっ。いらっしゃーい」 小屋の中、中央の台座に座っていたのは、まだほんとに幼い と言える子供であった。 「あれ。もしかして、女王候補さん?」 「うむ。太公望という」 わあ、とその子供は声を上げて 手を差し出した。 「たいこーぼーだね、よろしく。ぼくはね、天祥っていうんだー」 握り返した太公望の手を、嬉しそうにぶんぶん振る。 話を聞くと、どうもこの天祥、 実は風の守護聖、黄天化の弟に当たるらしい。つまり、精神の教官、黄飛虎の 息子となるわけだ。 なるほどこの天真爛漫さや、顔立ちを見ていると、あの二人と似通ったものがある。 「しかしすごい一家だのう…教官に守護聖に、占い師か…」 少し前まで、ここには女の占い師がいたらしい。しかし結婚が決まった為、この聖地を 出てしまったのだ。噂では、姫発とかいう、どこぞの国の王様の所へ嫁いだと聞いている。 「だからね、ぼくもまだ、ここに来たばかりなんだー」 子供とは言え、ここに呼ばれるくらいだから、 それ相応の能力の持ち主なのだろう。王立研究院は、ここの占いのデータをもとに、 育成の予測を立てているという。 「で、たいこーぼーは、何を占って欲しいの?」 そうだのう。 ふむ、と腕を組んだ。地の守護聖、雲中子に言われて、興味本位で ここまで来たのだか。 「望ちゃん自身を占ってもらいなよ」 ね、と普賢は笑った。 とりあえず、ここにくる人は皆、初めはそれを占ってもらう事が多いようだ。 「そうじゃのう、ではそれを頼むか」 「まかしといて」 天祥は、目の前に 置いてあった水晶球に手をかざした。真剣なその表情に、太公望と普賢はぐぐっと身を乗り出す。 のだが。 「あ、ちょっと待っててね。こっちにデータが出てくるから」 かたかたと音を出しながら、取り出されるのは一枚の紙。 水晶球を置いてある台の下の、ファックスのような 機械から、占いデータが出てきた。 「…なんなのだ、これは…」 「鋼の守護聖のナタクにーちゃんが、作ってくれたんだー」 どうやら水晶球と 接続して、占いの結果をそのまま印刷できるようにしたらしい。 「何だか、神秘性に 欠ける占いだのう…」 「はい、おまたせー」 天祥はそれを太公望に手渡した。さっき貴媚が 持っていたのはこれである。 「ふむ…」 じっと渡されたそれを覗き込む。 書いてあるのは、太公望を中心に、各守護聖や教官との相性、親密の度合いだ。 ついでに同じ女王候補の貴媚と、霊獣とのデータも載ってある。 「…なんじゃ。やっぱり貴媚とは、そんなに仲が悪いわけではないではないか」 「ふーん?」 横からひょいと、普賢も覗き込んだ。 「…へえ。望ちゃん、皆に 好かれているんだね」 言われてみれば、平均的に見て、皆との親密度は悪くない。 これもバランスを考えて、均等に育成を依頼した結果なのだろうか。 …でもほんとにそれだけ? 「…のう、ちと聞きたいが」 何?と天祥は小首を傾げた。 「ここに貴媚は、よくやってくるのか?」 「もう一人の女王候補さん?うん、よく来てくれるよ」 「占いにか?」 ふるふると 天祥は首を振った。 「ううん、どちらかといえば、おまじないが多いかなあ」 「おまじない?」 問い返す太公望に、天祥はあっ、と口を抑えた。 「どうしよう… これってやっぱり、女王試験のことだから、言っちゃ駄目だったのかなあ?」 おろおろと視線をさ迷わせる。 「ううん、そんなことないと思うよ」 普賢はにこりと 天使のように笑った。 「だからもっと、詳しく教えてくれないかなあ」 更に促す。 「普賢…」 付き合うにつれ、緑の守護聖、普賢の笑顔には、幾つか種類があることを、 太公望も悟り始めている。 「良いよ、今のはわしらは聞かなかった」 この幼い占い師を困らせるのも可哀想だ。 「ただ、一つ聞いてよいか?」 「何?」 「その、おまじないってなんじゃ」 その問いかけに、天祥はにぱっと笑った。 「あのね。僕、占いのほかに、おまじないだって出来るんだ」 えっへんと 胸を反らせ、誇らしげに天祥は言った。 ここでの占いは、各守護聖達と 太公望の、生まれ星をもとに推測されるものらしい。どうしても相性の違いは、やはりそれぞれに 生ずるわけで。それを天祥のおまじないは、カバーできるのだと言う。 「結構効くんだよ。だからたいこーぼーも、誰かと仲良くなりたかったら、 僕に言ってね」 にこにこと天祥は言った。 「…で、普賢」 「何?望ちゃん」 「おぬしさっきから、何をメモっておるのだ」 「やだな。これは、これからの用心の為だよ」 しかしこんな話に付き合ってくださってる方、 本当にいるのでしょうか…。 2001.12.19 |