ANGELIC TONE
<11>





「さあ、レディ達。今日も張り切って品位の学習をしようじゃあないか」
咲き乱れる薔薇の花、まばゆいスポットライト、華やかなBGM。
太公望はげんなりと肩を落とした。 品位の教官、趙公明。どうやら彼は、今日も絶好調のようである。
「勉強するりっ☆」
貴媚は 拳を高々と上げると、早速教科書を開く。
「のう、おぬし疲れぬか?」
きょとんと貴媚は目を丸くした。
「学習は楽しいっ☆」
ぶおっと拳を上げる。 どうやら彼女、品位の教官とリズムが合うらしい。
今日は二人で一緒に品位を学習する。別に申し合わせたわけではない。たまたま この執務室に来たら、貴媚も学習の依頼に来ていたわけだ。二人一緒なら、案外能率も 上がるかもしれない、そう思って机を並べているのである。
それにしても。
「ノンノンノン、テキスト通りの学習なんて、ナンセンスだよ」
ちっちっと人差し指を横に振り、困ったように眉根を寄せる。
「僕としては、もっと華麗に、優雅に、品位の学習をしたいのだよ」
自分の肩を抱いて、憂いに満ちたようなポーズを作る。それに合わせてBGMも変わったようだ。 ところで、何故ブランデーグラスを持っている?
「面白い奴だが…」
何千年経ってもこやつとは、ノリが合わぬやものう。
太公望は、小さく息をついた。





学習が終わり、脱力して太公望は執務室を出た。毎度の事ではあるのだが、 品位の学習は妙に疲れてしまう。
今日は、この後の予定は特に入れていない。とりあえず、学習は終えたし、 宮殿へ行って、鋼か、もしくは風の守護聖がいれば、育成を頼んでみるか。
が、その前に。
「…ちっと、休憩してゆくか」
と、やってきたのは森の湖。 人気のない湖の森の川辺で、太公望はうーんと伸びをした。
首を左右に振り、 とんとんと年寄り臭く肩を叩く。
女王試験も大詰めに近づいてきた。この調子では 太公望の優勢に揺るぎはないだろう。
新宇宙には安定度の高い惑星が、多少の 偏りは見せながらも、程よく誕生を繰り返している。霊獣の育成が終わり、 新たな宇宙の惑星云々の話が出たときには、「まだ試験が続くんかい」と うんざりしたものだが、振り返ってみると、思った以上にスムーズに進める事が出来ていた。
王天君の口振りから、もっともっと難航すると思われたのだが。
「ま、楽が 出来るに越した事はないのだがのう」
足元にあった小石をぽんと湖に蹴飛ばした。
ぽちゃんという音と、ゆらゆらと広がる波紋を見つめていて、ふと思い出す。
そういえば。以前炎の守護聖、燃燈道人が教えてくれた。
確かここは、 伝説があると言っていたな。何でも、思いを込めて祈れば、 意中の人に合わせてくれるとか何とか…。
少し考え、両手を組んだ。
まあ、燃燈が言っていた事を真に受けるわけではないのだが。
ほんのお遊びのつもりで、 目を閉じ、祈りをささげる真似事をしてみた。
暫し、滝の音だけが静寂を強調させる。
ゆっくりと目を開き、自嘲気味な笑みを唇に浮かべた。
「…なーんて、ホントに伝説通りに なるわけないか」
我ながら、乙女思考だのう。 一人かかかと笑い声を上げ、さてと振り返ったところ。
「師叔?」
ぎょっと太公望は目を丸くした。
「なっ、よ、楊ぜん?」
そこには、青い髪を背中に流した感性の教官、楊ぜんが立っていた。
ぱくぱくと 太公望は口を開く。
「何で、お、おぬしがここに…」
絶句する太公望に、照れたように 楊ぜんは笑って肩を竦めた。
「さあ…何となく呼ばれたような気がして」
気がついたら ここに足が向いていました。
だらだらと太公望は汗を流す。
もしかして、もしかすると、 あの伝説は本当だったのか?しかし、だからって、よりによって、何でこやつがここに…。
「でも…こんなところで貴方に会えるだなんて」
にっこりと綺麗な笑顔を浮かべる楊ぜんに、かあっと太公望は顔を赤らめた。





「貴方は何故、今回の女王試験に参加しようと思ったのですか」
候補試験は強制ではない。当人に試験を受ける意思があるかどうか確認してから、 この聖地に連れて来られるのだ。
少し考え、太公望は自嘲するように笑った。
「まあ…くだらない話かもしれんが」
「教えて下さい」
何でも知りたい。貴方の事なら。
「昔、わしの住んでいた土地で、戦争があってのう」
遊牧の一族に生まれた太公望に、 戦争は無縁のものであった。しかし生活をしていた土地が、戦乱の場になり、 それに巻き込まれたのである。一族を無くしたのは、その時だった。
戦火に焼かれた土地で、太公望自身も命の危険に晒された。荒れた大地で倒れて、そのまま 意識が遠のきそうになった時。
―――それでいいのん。
声が、聞こえた。
「…ま、それが女王陛下の声であったかどうかは、良く判らぬがな」
軽く小首をかしげて笑う。ともかく、その声に導かれるままに荒野を彷徨い、 数日後に保護され、何とか命を繋ぎとめたのである。
「女王陛下の力というのに、単純に興味を持ったってのもあるがのう」
女王の力というのは、一体何処まで人々を導く事が出来るのか。
一体自分には、何処までそれが可能なのか。
遠くを見るような 太公望の横顔に、楊ぜんは切れ長の目を細めた。
「…僕ね、始めは貴方の事、あんまりいい印象なかったんですよ」
怒らないで下さいね。
そう前振りして、楊ぜんは切り出した。 どうやら聖地に来る前の噂を聞いていたらしい。
成績だけはいいけれど、怠け癖があって、人を食ったような性格で、姑息で、 騙す事とずるをする事には長けていて。太公望には、そんなろくでもない 噂ばかりが強調されていた。
「でも、直接貴方に会ってみて、考え方が変わったんです」
「まあ、噂に偽りはないのだがのう」
「いえ…その、なんて言うか…」
言葉を 探し、結局妥当な表現が見当たらず、苦笑する。
「貴方に出会って、初めて貴方が女王候補に選ばれた理由が、 理解できたのです」
太公望は、複雑な心境で苦笑する。
女王候補に選ばれた理由など、 太公望自信にも良く判らない。未だに、何かの間違いかと思っているのだ。
「貴方は…人の心に入ってくる」
誰をも信用させる何かがある。
そして、僕には 無いものを沢山持っている。
「…そんな、その…ご大層なものなど、何もないのだがのう」
「それが、貴方の魅力なのですよ」
紫の瞳は、酷く真摯に太公望を映し出す。 気恥ずかしげに、かしかしと頭を掻いた。
気を紛らわすように、視線をうろうろさせ、 はたと、止まった。
「どうしたのだ、それ」
汚れておる。
太公望の視線の先に、 ああ、と楊ぜんは右の袖を少し上げた。
「インク瓶を倒してしまって」
利き手の袖口が、いつも使っているインクの色に染まっている。
「天才さまも、案外そそっかしいのう」
くっくっと笑いながら、何の気なしに、 太公望は濃紺色のしみへと手を伸ばした。
「一体何の考え事でもして、そんなドジをやらかしたのやら」
あなたの事ですよ。
とても言えないかな。ドア越しに、女王候補の話し声が聞こえたからだなんて。
「…ねえ、師叔」
名を呼ばれ、顔を上げると、身を乗り出している為か、意外な程にその綺麗な 顔が近くにあった。
「女王試験…是非、頑張ってください」
決まりが悪くなるほどに視線の近さに、身を引こうとするのだが、 それはやんわりとした腕に阻まれてしまった。
「僕は、貴方に勝って欲しい」
深い瞳で見つめられ、なんだか 面映く、気を逸らすように明るく笑う。
「き、教官がそんなふうに言うのか?」
えこひいきはいかんぞ。
「ええ…でも僕は、貴方にこの聖地に、いつまでも残っていて欲しい」
そっと手が、頬に伸ばされる。
その動きが、あまりに自然でさり気なくて。 ぼんやりと見詰め合うその距離が、ゆっくりと更に近づいていることに、 太公望は気が付かなかった。
そのまま吐息が重なるかと思った瞬間。





「太公望と、感性の教官だー☆」
びっくん。
太公望と楊ぜんは、その元気いっぱいの声に、 一瞬思考がパニックを起こす。
わたわたと意味のない動きでその場を 取り繕い、何事もなかったかのごとく二人距離を取り、顔を上げてそちらを向くと。
「き、貴媚ではないかっ」
それに一緒にいるのは。
「こ、こんにちわ、品位の教官」
先程まで学習をしていた品位の教官、趙公明だった。
「やあ、女王候補に楊ぜん君」
何故ここで、スタンドマイクを使う?
というか、いつからそこにいた? 何処からかクラシックミュージックが聞こえているのは、彼の周りだけ照明が明るいのは、 やはり気のせいなのだろうか。
「君達もここにデートにやってきたのかい」
エコーのかかるマイクは、この静かな森に、これでもかレベルでミスマッチなのだが。
「でっ、デートではなくて、わしらはたまたま…」
「はっはっは。シャイな人だ」
「品位の教官も、彼女とデートですか」
楊ぜんは趙公明と貴媚を見比べ、余裕すら感じる笑顔を向ける。
「ああ、二人でこの湖のほとりで、アフタヌーンティーでもと思ってね」
その二人の後ろ。何処からか、いつの間にやってきたのか、謎のメンバーがいそいそと テーブルや椅子、ティーセットを準備している。何者なのだ、一体こやつは。
「お邪魔だったかな、これは失礼したね」
大袈裟なジェスチャーで不思議なポーズを 取ってる様子から、本気で失礼だったと思っているかは、かなり疑わしいのだが。
「もし良かったら、どうだい、アフタヌーンティーを一緒にどうかな」
今日はブルーベリーのマフィンだよ、疲れた目にもいいらしい。
そう、天を仰いで手を差し伸べられても…。
「い、いや、わしは…」
「僕達は失礼しますよ」
太公望の意を汲み取ったかのように、楊ぜんはにこやかに 辞退する。
「それは残念だね」
「残念り☆」
言いながら、貴媚はちゃっかりと椅子に座って、既にマフィンをぱくついている。 ほんとに残念なんかい。





「マフィン、食べたかったですか」
「べ、別に」
「あ。公園のカフェにも、あるんですよねー、確か」
「…おぬしのおごりであろうな」








貴族Cと申公豹さん、どっちにするか
かなり真剣に悩みましたが…楽しいよ、公明さん。
2002.02.27







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