ANGELIC TONE <15> 「どうにも難しいものだのう」 誰かの為にプレゼントを選ぶとは。 小さな女王候補の呟きに、おかっぱ頭の商人はにやにやと笑った。 麗らかな日和の日の曜日。聖地にある庭園は毎週この曜日、太乙と名乗る商人が、 小さなテントを立てて店を開いている。 「先日買ってくれた写真立ては、喜んでもらえたのー?」 「む、あれは…その、わしが使っておるのだ」 玉鼎から譲ってもらった写真を飾る為に。 うーん、と唸り声を上げる太公望に。 「決まらないみたいだねー」 「うーむ」 かしかしと頭を掻き、小さく溜息をついた。 「あやつは何を貰えれば喜んでくれるのかのう」 「あやつって?」 質問に答えかけ、開いた口がぴたりと固まる。喉元どころか舌の先まで転がりかけた名前を、 慌てて飲み込んだ。 「べ、別に誰でも良かろう」 「いやー、手助けできればと思ったんだけどねー」 何照れてんのさ。 くすくすと商人は笑った。 丸二週間。 太公望は、感性の学習をしていない。 いくら顔を会わせ難いとはいえ、現在は大切な女王試験の最中。 新しく生まれた新宇宙は、力と安定を求めている。自分の感情だけで命有る宇宙を、 蔑ろには出来ない。 自分にそう言い聞かせ、腹をくくって 感性の執務室に向かったのは、丁度、最後に楊ぜんと 顔を会わせて一週間後の事だった。 何度でも鮮明にリプレイされる公園へ行った夜の出来事を、 ぶんぶん首を振ることで振り切って。呼吸が苦しくなるくらい、深呼吸ばかりを繰り返して。 そうしてやっと執務室の扉を叩いたのは、扉の前に立って三十分経過した後。 でも、やっとの思いで扉をノックしたものの、返事はいつまで経っても帰ってこない。 もう一度、もう一度。繰り返しノックはしたものの、だけど結果は同じもの。 ノブを回すと鍵がかかって動かなくて、 それでやっと感性の教官が不在なのだと悟った。 次の日も、太公望は執務室の扉を叩いた。 その次の日も、そのまた次の日も。 三日までなら許そう。しかし四日、五日とくれば、流石に不信に思うのは当然だろう。 避けられているのだろうか。 大体、今までの彼ならば、少し間が空けば、何やかやと理由をつけて寮まで迎えに来て、 そのまま一緒に一日を過ごそうと提案した事だって幾度かあったのだ。だのに、ここ二週間に渡り、 それさえもさっぱりなのである。 突き当たるのは、 最後に会ったあの夜の公園へ二人で出かけた、あの夜のささやかな出来事。 それから 一度も会っていないのだ。どう考えても、理由はそれしかなかろう。 気味悪がられたのだろうか。 子供の頃の写真を、当人に無断で飾っていたのである。 人によっては、不愉快だったり、気持ち悪かったりするのかもしれない。 …じゃあ、あれは? あれ以来太公望には、楊ぜんに唇を当てられた目尻に、手を当てる癖がついてしまっていた。 「相手との会話でさ、何か言ってなかった?」 「はあ?」 会話?ぎくりと太公望は胸を鳴らせる。 あやつは何か大切な事を言っていたのだろうか 「だから、好きな食べ物だとか、趣味だとか、欲しかったものとか」 その話か。自分の思考に没頭していた太公望は、慌てて意識をこちらに戻す。 「ちょっとした会話を覚えてもらっていたりすると、すごく嬉しいもんなんだよー」 「…そう、だのう…」 太公望は、小首を傾げた。 やっぱり今日もおらんではないか。 感性の教官の執務室の扉の前。 いつまで経っても返されない返答に、太公望はむすっと唇を突き出した。 はーっとわざとらしいほどの 溜息を一つついて、腹いせに「てやっ」と、扉を一つ蹴り上げてやった。 そのままくるりと踵を返したところで。 「あー、やっぱり師叔さー」 自動ドアよろしく、タイミングよく内側から開かれた 精神の教官の執務室の扉。ひょっこり顔を出したのは、風の守護聖、黄天化だった。 「なんじゃ、天化ではないか」 ぱちくりと目を丸くする太公望に、父親譲りの 人の良い笑顔を返す。 「おぬし、武成王に会いに来たのか」 ひょい、と室内を覗き込んでやる。 「よお、太公望殿」 こんな笑顔は、親子共に似るのだな。人懐っこく促されるまま、太公望は執務室にお邪魔した。 「もうそろそろ、天祥も来るんだけどな」 「スースも、親父お手製の杏仁豆腐、食ってくさー」 黄家の仲の良さは、聖地でも良く知られていた。 「…のう、武成王」 少し戸惑い、できるだけさり気ない風を装って、尋ねる。 「…その…教官とは、やはり忙しかったりするのかのう?」 「まあ、暇って程暇なわけじゃないんだが」 その質問に、困ったように苦笑した。 隣室という事もあり、武成王も 楊ぜんの不在の多さは気が付いている。あまりの不在に癇癪を起こし、 扉を蹴破ろうとした太公望を止めたのも彼だ。 案外気配りの武成王は、出かけようとする楊ぜんに鉢合わせた時、 それとなく声を掛けた事もあった。しかし当人は苦笑して、曖昧に答えをはぐらかすだけ。 結局これだけ執務室を空ける理由は、何も言おうとしなかった。 ちらりと隣室に視線を送る太公望に。 「俺っちは楊ぜんさん、よく見るさ」 くわえた煙草を指でつまみながら、 ぽつりと天化は洩らした。 「そうなのか?」 弾けるように反応した太公望に、 天化は目を丸くした。そしてにっと笑う。 「スース、教えて欲しいさ?」 「うむ」 「じゃ、俺っちとデートして欲しいさー」 「こら、天化」 間髪入れずに、武成王はどら息子の後頭部をひっぱたいた。 「痛いさ、親父ー」 「そんな言い方をするもんじゃない」 ちぇーっと殴られた頭を擦りながら。 「楊ぜんさん、最近闇の守護聖の執務室に、よく来るさね」 天化の司る風の守護聖の執務室は、闇の守護聖の執務室の隣に位置する。 だから隣の執務室を出入りする楊ぜんの姿を、目にしやすかった。 闇の守護聖玉鼎は、楊ぜんの養父であり、師でもある。親しいのは 当然といえば当然ではあるが。 「ずっと…玉鼎の執務室におるのか?」 さあ、詳しくは判らないけれど。断りを入れて。 「でもこの一週間ぐらい、殆ど毎日来ていたみたいさね」 太公望は眉を顰めた。執務内容の異なる守護聖と教官が、 こんなに密にしてこなさなくてはならない 何かなどあるのだろうか。 「のう、武成王」 「ん?」 「おぬし、聞仲とどれぐらいのサイクルで会うのだ」 精神の教官の武成王は、三人の教官の総括的な役も担っていた。 なので、守護聖の筆頭でもある光の守護聖聞仲とは、各々の立場から、 話し合う機会も必要なものである。 もっともこの二人、旧知の仲なので、 執務以外でも交友がある。それを差し引いて考えたとて。 「そうだな…週に二、三度ぐらい、かな」 「一週間、ずーっと執務室を空けて会うような事は?」 「そりゃあねえさー」 あははと快活に笑いながら答えたのは、天化だった。 「だって今は女王試験の最中さ」 各自の執務はそれぞれに重要であるが、 女王試験は優先させなくてはいけない特殊事態だ。 …決定だな。 「た、太公望殿?」 おどろおどろと醸し出す黒雲を察した 武成王は、とりあえずフォローを入れる。 「ほら、楊ぜん殿と 闇の守護聖殿は、家族のようなものだし…」 「でも、俺っちとか、 天祥とかって、そこまで親父に会いに来るほどでもないっしょ」 若い天化には、武成王のフォローがいまいちよく判っていない。 「すまぬ武成王、天化。杏仁豆腐はまた今度頼むぞ」 言い捨てると、くるりと踵を返して、戸口へ向かう。 「スース、何処行くさ」 「あのだあほに会って来る」 それだけ言い残すと、些か乱暴に、 精神の教官の執務室を出て行った。 「さっきね、たいこーぼーとすれ違ったよ」 「そうか」 「あのね、杏仁豆腐ね、やっぱり寮に届けて欲しいって伝えてくれって言ってたよ」 「…スースらしいさね」 嬉しかったプレゼントの一つ 短大入学最初の誕生日に姉がくれた 某ソ○ィーナの基礎化粧品一式 2002.07.19 |