ANGELIC TONE
<18>





王立研究院、新宇宙観察の部屋。
ホログラフィーにして映し出される惑星状況に、 感性の教官楊ぜんは、目を細めて見入っていた。
設置されている装置の キーを操作すると、生まれた惑星が、どの女王候補の育成結果からのものであるかが、 色別に区分される。浮き出たヴィジョンには、現在の惑星の数と その対比が、数値によって表れた。
くっきりと対比される二人の女王候補の 試験成績に、感性の教官は目を伏せ、軽く息を吐いた。





同じく王立研究院。一角にある資料室にて、女王候補太公望は、整頓された本棚の 背表紙を睨んで腕を組んでいた。
高い位置にある分厚い本が目当てなのだが、 どう手を伸ばしても指先が触れるのがやっとの位置である。もともと図書室では無く、 過去の記録の保管場所であるので、どうにも利用者に不親切な作りである。
全く。責任者の周公旦に、一言苦情を出してやる。
つま先を伸ばして、 かりかりと指の先で重たい本を引き出そうと再チャレンジしていると。
「…おっ」
背後から伸びた逞しい腕が、目当ての書物をいとも容易く引き出し、 太公望へと手渡された。
振り仰ぐ長身に、女王候補は少しばかり不機嫌な顔を見せた。
「何だ」
「…無駄にでかい図体だと思ってな」
面白く無さそうな呟きに、 どうやら小柄な己の体に対するコンプレックスが伺える。
そんな子供のような反応に、 光の守護聖聞仲は、ふっと笑みを洩らした。
「…おぬし、昨日の依頼に来たのか」
「ああ。今、力を送ってきた」
「そう…か」
今日送られた光の守護聖の力は、 明日になれば新宇宙に現れるだろう。周公旦に渡された育成状況の資料から推測すると、 明日には新たな星が誕生しているかもしれない。
ひっそりと、太公望は溜息をついた。
「どうした」
何でもない、と太公望は 笑って首を振った。
「のう、これは貸し出し出来ると言っておったな」
ああ、と聞仲は頷く。
「研究院の責任者に言えば、大丈夫だと言ったろう」
昨日、聞仲に過去の女王候補について詳しく教えて欲しいと尋ねたのは、 彼の口から女王資格を放棄した候補生の話を聞いたことがあったからだ。
思えば、竜吉公主も純血の守護聖だと言う噂もある。もしかすると、 試験を受けて女王の資格を得ながら、それを放棄するケースというのは、 意外に多いのかもしれない。
それを詳しく知りたい太公望に、聞仲はこの資料室を教えた。
あまり知られてはいないのだが、この資料室には歴代の女王の記録は勿論、 過去の女王試験や候補生のその後の経路が資料として残されている。
太公望は中を捲って、ざっと目を通した。 全てを事細かく、とまでは行かないが、それなりに王立研究院で把握しているようである。
「…うむ。では、旦に頼むか」
ぱふん、と音を立てて本を閉じた。





「どうぞ」
王立研究院のロビーのカウンター。周公旦は感性の教官に、 今日のデータのコピーを手渡した。
「ありがとう」
データを見ると、 どうやら今日は光の守護聖が、太公望の依頼で育成に来ているらしい。先刻見てきた 新宇宙の様子だと、どうやら明日には新たな光の力を受けた星が誕生することが予想できた。
今日育成に来たのは光の守護聖のみならば、まさか一晩に複数の星が生まれることもなかろう。 その事に、楊ぜんは心の底で密やかに安堵し、同時に苦い笑いを洩らした。
さて。 太公望は一昨日感性の学習に来た。サイクル的には明日にまた来てくれそうだが、 他の教官の都合によっては、今日来てくれるかも知れない。 一応執務室にいたほうが良いかもしれないな。
そんな事を考えながら 出口へ顔を上げた時、丁度風の守護聖黄天化が、ロビーに入ってきた。
「あ、楊ぜんさん」
「天化くん」
咥え煙草で片手を上げ、あけすけな笑顔で 天化は楊ぜんの前に立つ。
「新宇宙を見てきたんかい?」
「うん。君は依頼かな?」
「んー、依頼を受けたわけじゃねえけど」
照れ臭そうに鼻の頭を掻いて、悪戯小僧のように笑う。
「スースの試験の様子が気になって、 ちっと見に来たさ」
最近、どうも風の力の育成依頼に来ていないらしい。 まあ、現状では特別風の力が必要な訳ではない。ついでに言うと、天化は時折 こっそりと守護聖の力を、太公望の為に送っているらしい事が、データから読み取れた。
「楊ぜんさん、宇宙の様子を見てきたさ?」
「うん、いい感じに育成されていたよ」
ちらりと天化は楊ぜんを見上げ、意味深に笑った。
「…何だい?」
「んー、いやあ。楊ぜんさんも、そうなのかなーって思ってさ」
ふふん、と笑う天化に、小首を傾げてみせる。
「ほら、スースってさ、 聖地でも人気あるっしょ」
かの女王候補は、守護聖、教官に限らず、 不思議と聖地の住民にも慕われていた。
「楊ぜんさんも、やっぱ、 スースを応援しているのかなーって思ったさ」
何となくね。
楊ぜんは苦笑した。
「なあ。やっぱ感性の教官さんも、スースに聖地に残って欲しいって 思っているさ?」
守護聖の中では、口に出して言う者こそいないが、心中ではそれを 願っている者が多い。あの厳しい守護聖筆頭でさえ、太公望の試験を高く評価し、 彼ならきっと良い女王になるだろうと、評価をしていた。
「…そう…かもしれないね」





でも、本心はどうなのだろう?














夜。その日、早々に寮に帰宅した太公望は、王立研究院から借りて来た資料を読み耽っていた。
一段落した所で、喜媚が遊びにやって来る。
「おぬし、 ノックぐらいはせんかい」
断りもせずに騒がしく乱入してきたライバルに、 呆れた声を上げながらも、来客用のテーブルの上に乗せてあったお菓子を薦めた。 もし自分に妹がいれば、こんな感じかもしれないな。お茶を入れながら、太公望はふとそう思った。
「太公望、勉強中っ☆」
テーブルの上にも学習机の上にも、資料や本が散乱している。 喜媚はお菓子を頬張りながら、その上に置いてあったファイルを勝手に捲った。
「あ。占いだー」
ファイルの中に挟んでいた、占いの館の相性占いのデータを取り出し、 喜媚は声を上げる。今日、王立研究院を出た後に占いの館へ寄ったのである。 それは今日の結果だ。
「太公望、順調順調☆」
その分自分が停滞するであろうはずなのに、喜媚はやたらと嬉しそうだ。 変な奴だのう、まあ、それがこやつなのだろうが。
「太公望、守護聖と教官の人気者っ☆」
一覧にして判るが、太公望はやたらと教官や守護聖達と 相性が良い。
それは、ちょっと不自然に思える程に。
「でも鋼の守護聖とは、まだ相性良くないねっ」


まだ?


何気なく洩らした喜媚の言葉に引っかかりを感じ、太公望は眉を顰めた。
占いの結果を 見ている喜媚は、その事に気がついていない。





「…地の守護聖はどうかのう」
「親密度があんまし良くないっ☆」
「炎の守護聖は?」
大丈夫。にこにこと自信たっぷりに頷く。





「明日には相性度が上がりっ☆」





明日には?
今日は炎の守護聖と一度も顔を合わしてはいないし、勿論占いの館へ おまじないの依頼をした覚えもない。
親密度は依頼や学習などで変化はするが、 相性というものは互いが持って生まれたものであって、 占いの館でおまじないでもしてもらわない限り、そう変化するものではない。
親密度と相性を勘違いしているのかとも思ったが、 喜媚は「相性度」と「親密度」を、きちんと区別していた。
じわじわと妙な違和感が胸の底から湧いてくる。
今まで新宇宙に生まれる惑星の 数や安定値ばかりを気にしていたので、守護聖や教官達との相性や親密度など、 殆ど意識してはいなかった。
そう、意識しなくてはいけないまでに、 相性で問題が発生していなかったのだ。


「不自然」と思える程に、全員と相性が良すぎたから。


呆然とした表情でこちらを見つめる太公望の視線に顔を上げ、 喜媚は初めて「あっ☆」と気まずく口を抑えた。









「…どういう事なのだ?」








ラスト、選択肢を作ろうかなあ…
2002.11.08







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