ANGELIC TONE
<19>





早朝、真っ先に向かったのは、占いの館だった。
息せき切った女王候補、太公望の訪問に、 天祥は驚いたように目を瞬きさせる。
「天祥、わしと聖地の者達との相性を占ってくれっ」
「う、うん」
噛み付くような勢いで依頼され、 天祥は速やかに、太公望の相性占いをプリントアウトした。
それを受け取り、持参してきた過去の占い結果のファイルと見比べる。
「…やはり」
無意識に洩れた呟きは、酷く強張っていた。





ここで言う相性占いとは、よく一般に扱われる「星座占い」と同じようなものだ。
相性は、 各自生まれ持った星の位置やその他の要因から生まれる、一種の統計学と言っても良い。 (勿論、聖地に召集される天祥の能力は、一般で知られるものとはレベルが違うが)
誕生日を別の日に変えることが出来ないのと同じく、 生まれて持った「相性」を、変える事など出来はしない。
その変化出来ない「相性」をフォローするのに一躍買っているのが、 天祥の「おまじない」であった。
普段天祥に依頼する占いには、相性と共に、「親密度」が数値で表示されている。
相性は持って生まれたものであるが、親密の度合いはそうではない。 たとえ相性が悪くても接する機会が増えれば、それだけ互いが理解できるきっかけがある。 お互いを理解でき、認め合うことさえ出来れば、「相性」に関係なく「親しく」なるのは、 人間関係においてごく普通の流れだ。
女王試験と言えど、守護聖も教官も、一人間である。 親しくなり、感情が入れば、依頼や学習への影響も多少なりとも影響するのは、 当然と言えよう。
太公望は最初から、守護聖や教官達との、相性や親密度を考慮に入れた育成はしていなかった。
効率的に試験を進めるなら、それらの要素も重要になるとは判っていた。しかし、 新宇宙の育成物の成長のバランスを重点的に考えて試験を進めていたので、そちらを 意識する重要性は、あまり考えていなかった。もしも支障があれば、 それなりに処置をしていたのであろうが、それを「感じなかった」のだ。
だから、おまじないを天祥に依頼したことは、一度も無い。
一度夢の守護聖に依頼はしたことがあったが、それも感性の教官と 緑の守護聖の仲を取り持つ程度のものであり、自分自身との相性値を上げてもらうのでは 無かったはずだ。
そのはずなのに。


「…何なのだ、これは」


各守護聖、教官、共に過去の占い結果と比較すると、相性度に明らかな違いがある。
「…喜媚であろう」
怖い顔で尋ねられ、天祥はぎくりと肩を震わせた。
「喜媚に依頼されて、わしと守護聖や教官らの相性を上げたのだな」
言っていいことなのか悪いことなのか、判断つけられず、困ったような顔の天祥に。
「本人に聞いた。隠す事ではない」
少し戸惑った後、幼い占い師はこくりと頷く。
一番最初に喜媚がおまじないの依頼に来た時、天祥は随分驚いた。
女王候補が試験の補助の為におまじないの依頼に来ることは、別に不思議なことではない。 しかし喜媚は自分ではなく、ライバルが有利になるおまじないを依頼をしたのだ。
いいのかなあと、不安には思っていた。しかし悪質な妨害、というわけでもない。
太公望が試験で足を引っ張られることはまず無いし、喜媚は喜媚で満足している。 だから幾度に渡るその依頼にも、天祥は全て承知したのだ。
「ねえ、たいこーぼー」
不安そうな天祥の声。
「僕、悪いことしたの?」
泣き出しそうな顔。太公望は一つ深呼吸をして、無理矢理笑顔を作った。
「…否…おぬしは依頼通りの事をしただけだ」
おぬしが気に病むことは何も無い。
そう、天祥は依頼に答えただけ。何も悪いことはしていないのだ。





「王天君っ」
王立研究院、育成物会見の部屋。普段は四不象のいる部屋へ行くのだが、 今日は迷わず王天君に宛がわれた部屋へとやってきた。
「よお、珍しいな」
てめえがここにくるなんて。かりかりと爪をかじりながら不健康そうな顔でソファーに 体をうずめる王天君を、太公望はじろりと睨みつけた。
「おぬしの入れ知恵だな」
険悪な声。それを示す意味を悟り、あちゃーと、王天君は額に手を当てた。
「何だよ、お嬢さん、ばらしちまったのかー?」
否定の言葉は無い。 つまり、これが二人の「作戦」なのだ。


最初から判っていたはずだ。
喜媚に、女王試験を合格する意思が無いことは。


彼女の目的は四不象である。
四不象と結婚したい為に、女王試験を受けはした。 しかし、女王として宇宙を統べる事になれば、当然四不象との結婚など出来はしない。
喜媚の狙いは一つだけ。
「女王試験を受ける」事で「四不象と親しくなる」事。 しかも、結婚する為には、決して試験に合格してはいけなかった。
振り返ってみれば、そこまで一瞬でも考えを回さなかった自分に、 馬鹿馬鹿しささえ感じられた。
現状を見れば、全てが喜媚の希望通りに試験は進んでいる。 育成物との相性はすこぶる良く、既に試験に合格する可能性は殆ど無い。 しかも、守護聖らと太公望の相性を良くして、 惑星の育成を促させる念の入れようだ。
まさしく、彼女にとっては理想的だろう。
「ま、お互いの利害は一致してんだ」
太公望は女王、喜媚は四不象。 二人の目的を考慮すると、決して何か問題があるわけではない。
「むしろ感謝して欲しいぐれえだよな」
「っ、そんな問題ではなかろうっ」
「おいおい、キレんなよ」
ぐいっと胸倉を掴む太公望を、王天君はにやにや笑って宥める。
「おめえに何か不都合でもあるのか?別に試験の足を引っ張ったわけじゃねえだろ」
逆に、影で支えたと言っても過言では無い。
「ま。心配しなくても、 おめえの女王試験合格は、まず間違いねえよ」
今から喜媚に挽回の余地は無い。 例え喜媚のしてきたことが公表されても、決して不正をしたわけではないのだ、 咎められる事は無かろう。
「大丈夫大丈夫。 俺達、悪い事は、なーんにもしてねえんだから」
くっくっと押し殺したような笑い声が癪に障った。ぽんぽんと肩を叩く長い爪の指を、 乱暴な仕草で太公望は払い除ける。
「んだよ…おめえも素直に喜びゃいいだろーが」
女王試験の合格に協力をしてやったんだぜ。
ああ?と覗き込む王天君の視線を、 きっと睨みつけた。何かを言おうと口を開きかけるが、 結局言葉にはならず、唇を噛み締め俯く。
「…ったく、何だよ」
「…もうよい」
ぷい、と背を向け、つかつかと戸口に向かう後姿に。
「もう帰んのかよ」
返事はない。 ちっと王天君は舌打ちした。扉のノブに手をかける様子を見ながら、ふと、 思い出したように付け加える。
「あんま、女王候補のお嬢さんを苛めんなよ」
ぴくり、と太公望の背中が震えた。
「てめえが女王になんのだって、 あいつは結構応援してんだぜ」
自分が四不象と結婚したいから、という思惑は抜きにして。
喜媚に悪意はない。
彼女が自分を理屈無く慕っていることは、太公望だって判っている。 この作戦も、自分も太公望も両方が望み通りになると、 単純に思って実行したのだろう。 王天君にせよ、育成主の喜媚の希望を叶える為に、この方法を教えたのだろう。
その事について、今更責めるつもりは無い。





ただ、それでも。
太公望には、どうしても割り切れない部分があった。














「ご主人、喜媚さんと喧嘩したっスか?」
「…別に」
「喜媚さん、さっきここに来て、泣いてたっス」








喜媚ちゃんを悪者にする気はないんです
2002.11.18







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