ANGELIC TONE
<23>





太公望が王立研究院に到着した時、守護聖や教官等、この女王試験に関わったと思われる面々は、 既に全員が揃っていた。
大事を悟り、すぐさま湖の森から全速力でここまで走って来た彼に、 一同は笑顔で迎える。額の汗を拭いながら立ち尽くす様子に、 王立研究院責任者である周公旦が一歩、前に出た。
「おめでとうございます、新しい女王陛下」
新しい女王陛下。
にこやかに告げられるその称号に、太公望は息を飲んだ。
「…なんで…」
「新宇宙が完成したのですか」
絶句する太公望を代弁するかのように声をかけたのは、 感性の教官、楊ぜんであった。太公望と共に湖の森からここまで走ってきた為、 流れる蒼髪が僅かに乱れている。
「はい。たった今、最後の惑星が誕生しました」
女王候補は…言いかけて、楊ぜんは口を噤む。新宇宙が完成した今、もう「候補」ではない。
「太公望師叔は、本日育成依頼をしていなかったと思いますが」
本日どころか、 最近は学習しかしていない。守護聖に育成依頼など、全くのご無沙汰だったのだから、 宇宙に惑星が誕生するはずが無かったのに。
「おめでとー、スース」
声を上げて飛び出してきたのは、風の守護聖、黄天化だ。きょとんとする太公望の手を取り、 感極まったかのようにぎゅっと抱きつく。
「天化?」
「俺っちの送った力が、 最後の惑星を生んださー」
「おぬしの力って…わしは、育成依頼など…」
へへー、と悪戯小僧のような笑顔が覗き込む。
「内緒で、風の力を送ったさ」
スースの力になりたくって。スースに喜んで貰いたくって。
「…そんな…」
「だってスース、女王陛下になったら、ずうっとこの聖地にいるんだろ?」
やったね。 心底嬉しそうに、天化はもう一度太公望を抱きしめた。
されるがまま、 太公望は面食ったままの表情で、ぼんやりと周囲を見回す。良かったなと頷く闇の守護聖。 腕を組んで暖かく見守る、精神の教官。優しい笑顔の水の守護聖。ふん、 とそっぽを向く鋼の守護聖。あくびを洩らす夢の守護聖。にこにこと目を潤ませる緑の守護聖。
…そして。
酷く辛そうな視線を向ける感性の教官は、太公望と目が合うと、 すいっと視線を逸らせた。
「…よう―――」
「さあ、それよりも…」
風の守護聖を宥め、周公旦は新しい女王陛下を奥の部屋へと促す。
「まずは、成長した育成物に会ってごらんなさい」





『よお、太公望じゃねえか』
「おっ、おぬし、スープーか?」
『へっ、 あったりまえじゃねえか』
以前のころころした丸い風貌とは打って変わり、 最終形態に変化した四不象の姿に、太公望は唖然とした。
ふさふさとした長いたてがみ、 すんなりと大きくなった体格、鋭い眼差し、低くてダークな声。 親近感のあったあののんびりとした持ち前の雰囲気さえ、がらりと様変わりしていた。
「…随分と変わったものだのう」
『当り前だろ』
聖獣の最終形態であるその姿は、 まるで神話にでも出てきそうな、実に優美で綺麗なものである。
「おぬし、立派になったのう」
しみじみとした呟きが面映いのか、 けっと四不象は舌打ちした。
『おだてても、何も出ねえよ』
悪びれてはいるが、 ほんのりと大きな目の下が上気しているようだ。姿は変わっても、やはりこれは四不象か。 そう思うと何だか可笑しくなって、太公望はその鼻先を、以前と同じように撫でてやった。
『ま、何だ。とりあえず、女王試験は、テメェとオレの勝利ってこったな』
ガラスのような目を僅かに細め、嬉しそうな声を上げる。 四不象は太公望の勝利を、二人の勝利を、本当に素直に喜んでいた。
「…そうだのう」
ぽつりとした声には、しかしいつもの元気は無い。様子のおかしな太公望に、小首を傾げる。
『太公望?』
何でもないよ。ふるふると弱々しく首を振り、項垂れる。
「何でもない…」





「新女王の就任式は、華やかにしましょうねぇん」
わらわは何事も、ド派手なのが好きなのよん。
ぶりぶりと嬉しそうに声を上げる女王の前、太公望は何処か沈んだ顔で控えていた。
「おめでとう、太公望ちゃん。よく頑張ったわねん」
「…うむ」
妲己の激励にも、 浮かない声で答える。
「喜媚も、よくがんばったわん」
わらわの王天君ちゃんも、 お陰で立派な大人になったわん。
女王の隣に立つ王天君は、ふんとつまらなそうに鼻を鳴らせた。 話によると、最終形態に成長した四不象の影響を受け王天君も、 最終形態である「王天君3」へと成長をしたらしい。 とは言え、こうして見ていても、どうにも変化らしい変化というものが見えないのだが。
太公望の隣、喜媚は物言いた気に、ちらちらとかつてのライバルと女王とを見比べる。
「勝利した太公望の新女王就任式は、明後日執り行いますっ」
女王補佐である貴人は、 きびきびとした声で宣告した。
えっと、太公望は顔を上げる。
「明日ではないのか?」
「あはん。女には、いろいろと準備があるのよん」
太公望ちゃんったら、野暮ねえん。
「だから明日は、太公望ちゃんの好きに使っていいわよん」
好きに? きょとんと目を丸くする太公望に、無駄に色気たっぷりにウインクをする。
「女王になる前の最後の一日、有効に使ってねん」













太公望と喜媚の背中を見送って。
謁見に間に残る、密やかな会話。





「あはん、王天ちゃん、今回もお疲れ様ねん」
「まだ、どうなるかは判んねえぜ」
「大丈夫よん、全てはわらわの思うままに事が進んでいるわん」
「ったく。あんたは」





「ホント…大した策士だぜ」













大人スープ―と王天君、
口調が同じだと初めて気付きました
2003.03.14







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