甥っ子君との思い出作り&夏の18きっぷ旅行
ぼくは不完全な死体として生まれ
何十年かかゝって完全な死体となるのである
(「懐かしのわが家」の一節、この詩が氏の遺作だそうです)
念願の寺山修司記念館に行ったのは良かったのですが、
今回の最大の失敗は「朝、のんびりホテルを出た」ことに尽きます。
いや、どうせこの日は博物館以外には行けそうもないし、
そんなに閲覧に時間が掛かる規模でも無いよねーと思ったんだよ。
でも、迂闊だった。マジ、その可能性を失念してました。
そうだよ、記念館と言う事は、氏の作品が置いてあるんだよ。
ええ、入り口で申請すれば、一部作品のDVDを見る事が可能なんですよ。
貴重な舞台映像や、テレビの放送された特集番組など、
入門者からディープなファンまで堪能できるラインナップを見た瞬間、
それを知っていたら弁当持参の朝一で入館していたのに! と心の中で絶叫。
散々悩んだ挙句、蜷川版を見て感動し、予てより是非見たいと思っていた、
寺山修司演出&若松武主演の「身毒丸」をチョイスしました。
思えば、最初に触れた寺山作品がこれなんですよね。マイ寺山原点。
寺山版と蜷川版、大きく違うのはやっぱり音楽でしょうか。
舞台の煽りにもあった「見世物オペラ」の名の通り、
J・A・シーザー氏の歌が実に贅沢に全面に使用されております。
最も、蜷川版も、曲調が変わるだけで歌詞の変化は殆どありません。
よりアングラなのがオリジナル、やや窓口を広くした大衆向けが蜷川版。
細かい違いは多々ありますが、一番気になったのは蜷川版の方が、
撫子と身毒丸が早い時期から互いを異性として見ている所でしょうか。
蜷川版は身毒丸が撫子に一目ぼれした瞬間に継母となり、
その悲劇が二人の関係を歪ませた……てな流れでしたが、
寺山版は、基本は継子と継母の禁断の関係で話が進んでおりましたね。
あと、母の呼称が蜷川版は「母さん」なのですが、
寺山版では「おっかさん」なんですね。なんか寺山氏らしいな。
しっかしシーザー氏も只者じゃないな、上演した年代を考慮しても、
音楽に全く古さを感じないんですよね、ラップ調まであったりするぞ。
特に最初の「慈悲心鳥」かな? は凄い迫力&カッコ良くて鳥肌が立ちます。
「藁人形の呪い」は、舞台の見せ方的な意味で、蜷川版の方が好みかな。
氏はアニメ「少女革命ウテナ」の音楽をされていたそうですね。
アニメは観た事ありませんが、また思いきったプロデュースをしたな。