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お弁当の御礼に

先月、5月のお題「鈴蘭」「筍」「向かい風」です。

ジャンル違い、要注意。
以下、悟チチ小噺です。



身支度を全て整えた鏡の前にて。
チチは自分の手の平、髪、制服の袖、肩に顔を寄せ、くんくんと鼻を鳴らせた。台所にはパジャマ姿で立っているから制服は大丈夫、髪も洗ったし、何の匂いもしない筈…そう思いながら、勉強机の隅に置いている、その綺麗な瓶へと手を伸ばした。
綺麗な飾りの施された透明のそれは、先日厳選して購入した、鈴蘭をイメージした爽やかな香りのオーデコロン。
じいっと見つめ、少しばかり迷いつつ、そっとその蓋を開こうとした所で。
「おーい、チチー」
窓の外からの聞き馴れた声に、びくっと肩を震わせる。咄嗟にコロンは鞄に収めると、慌てて階段を駆け降り、台所に置いていたお弁当袋をひっつかみ、素早く靴を履いて、玄関先に飛び出した。
扉を開けたその正面、自転車に跨って待つ悟空を、むうっと睨みつる。
「もうっ。あんまり大きな声、出さねえでけろ」
チャイムがあるのに、大声で呼んで。朝っぱらから、御近所様に恥ずかしいだよ。
しかし当人は、彼女の怒りもどこ吹く風。さし出す特大サイズの弁当袋を、サンキューと嬉しそうに受け取った。それをリュックに入れて、ひょいと背負うと、ペダルに足を掛ける。ほらと促され、チチは唇を尖らせながら、後輪についたステップに足を掛けた。
見た目よりもしっかりした肩に手を掛けて、よっと乗り上がった瞬間、ふわりと太陽に似た匂いがした。
「大丈夫か?」
うんと頷くと、悟空はゆっくりと自転車を走らせた。立ち乗りはちょっと不安定だけど、この自転車の荷台は至極小さくてお尻が痛くなるし、これでも運動神経には自信がある。
それに、座ると彼の腰に手を回さなくちゃいけない。最近のチチは、それに何となく抵抗を感じていた。
手を置いた肩の位置に、ふと気付く。ああ、また少し、高くなったかもしれない。
同年代の男子に比較して、悟空は子供の頃からずっと小柄だった。ちゃんと栄養バランスを考えた食事をしないからか?両親が早世し、祖父と二人暮らしの幼馴染みに、チチがお弁当を作って手渡すようになったのは、中学に入って直ぐの事。
その甲斐あってか、特に今年、二年生に進級してからは、雨上がりの翌日の筍のごとく、日々にょきにょきと成長が目覚ましい。
「あ、今日は唐揚げだな」
あと、紫蘇の巻いた卵焼きだろ、胡麻和えに、きんぴら、それから…。
「ホント、良く分るだなあ」
毎朝見事に言い当てる悟空に、呆れると同時に感心してしまう。
「匂いがすっからな」
「お弁当、リュックの中なのにけ?」
背中に背負ったリュックの中のお弁当の匂いなんぞ、鼻に届く前に、自転車の向かい風に飛ばされそうなものなのに。
「前にも言ったろ。おめえからも匂いがすっからな」
これもあるから嫌なのだ、あまり体がひっつくのは。思わず眉根を寄せてしまうチチに、悟空が気付く事も無く。
「チチって、いつも良い匂いがするよな」
オラ、チチの匂いって、すげえ好きなんだよな。
ひょいと下から見上げてへらりと笑う悟空に、チチは唇を噛締めて、複雑な笑顔を返す。
肩にかけた自分の鞄の中。袋に入ったお弁当箱に、コロンの瓶がかたりとぶつかる音がした。



恋愛未満。意識しだす頃。
あえて自分的に最も苦手な、学生&ラブにチャレンジ!<え、ラブ?
女の子って、大体中学生ぐらいからかな?
デオドラントとか、シャンプーとか、チープ系コロンとか、
体臭や匂いをやたら気にするようになりますね。

今回の自分的実験ポイントは、
「お題の名詞こそ出せども、その物体自体は出さない」こと。
そして見事玉砕。向かい風がなあ…。
詰め込み過ぎて、全体のまとまり、バランスが非常に悪し。
あんまりポイントにこだわり過ぎて、無理するのも本末転倒か。

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